2022年02月26日
ビュッケブルグ歳時記 267
2月14日 ー Valentinstag
先週、日本の新聞に出ていたヴァレンタインスターグの記事を読んだときに、なんとなく疑問符が浮かんだのでその原因を考えたところ、ようやく分かったことは、この”愛の讃歌を実行に移す日” の実行法がドイツと違うことに思い当たりました。
日本では、女性が甘いチョコレートに彼女の想いを託して、相手の男性に密かに贈るのがこの日の行事となっているようですが、ドイツではその反対で、男性が女性に花束とチョコレート菓子を贈る場合が多いのです。
ヴァレンタインス・デイのいわくを調べてみました。
”ヴァレンタイン日” とは、3世紀に、イタリヤの中間部ウムブリエンのテルニに生きたヴァレンタイン司教を記念する日ということです。269年の2月14日に殉教者として処刑された司教を思い出す記念日として、死後200年後に設定された愛を伝える日ということです。
この司教がどのような人格者だったかというと、
* 当時、ローマ帝国時代には兵隊は結婚を禁止されていたが、司教はそれに反抗 して許可した。その結果、司教は投獄されたが、
* その投獄中に、盲目の一少女を介抱、見えるようにした。この結果「魔法の治 療者」としての名を高めた。
* また庭仕事を愛し、さまざまな花を栽培し、市民や教会員に贈った。
このことが欧米での Valentinstag のチョコレートと花束を、想う人に贈るということの根源だということです。
この他に、ロマンチックな愛情を表現する様式にプラスして考えられる一般的なことは
* 2月は野鳥の交尾期に当たる
* 古代ローマ時代に牧羊神ファウンの為に毎年2月15日に行われた豊年祈願祭りなどが、Valentinstag となった要素 と考えられるということです。
要するに愛情から子孫繁栄へと広がって考えられているのが、この日に託した願いなのかもしれません。
このようにして出来上がった記念日が15世紀に英国に渡り、移民によってそれが米国で引き継がれ、第二時世界大戦後、ドイツ駐在の米兵によってこの国ドイツに伝えられ、毎年2月14日にはお菓子会社と花屋を繁栄させることが、1950年ごろから秘めた愛情を密かに示す日として一般化したということです。
このような日はその他の国にもあるようで、例えばイタリヤでは「愛の鍵=(愛し合う二人の名前を書いたもの)」を水の上にかかった橋の欄干にかけ、鍵は水に投げ入れて、愛が永久に続くことを誓う。
英国の1州ウェイルスでは1月25日がSt.Dwynwen を保護聖人とする日で、この日には愛し合う二人は、芸術的な彫りが施された木製の匙を送り合うという習慣があるということです。
スペインでは4月28日が「聖人ホルジの日」で、女性は愛する男性に一冊の本を、男性は愛する女性に赤い薔薇の花を一本贈る日とされているということです。
ドイツのValentinstag も、今は統計をとってみると75%に人が「お菓子屋と花屋の商売日だ」という意見だということです。
つまらないブログで申し訳ありませんが、書いている間に知ったウクライナに仕掛けられた戦争よりはまだ心が温まる事柄のように思えます・・・
先週、日本の新聞に出ていたヴァレンタインスターグの記事を読んだときに、なんとなく疑問符が浮かんだのでその原因を考えたところ、ようやく分かったことは、この”愛の讃歌を実行に移す日” の実行法がドイツと違うことに思い当たりました。
日本では、女性が甘いチョコレートに彼女の想いを託して、相手の男性に密かに贈るのがこの日の行事となっているようですが、ドイツではその反対で、男性が女性に花束とチョコレート菓子を贈る場合が多いのです。
ヴァレンタインス・デイのいわくを調べてみました。
”ヴァレンタイン日” とは、3世紀に、イタリヤの中間部ウムブリエンのテルニに生きたヴァレンタイン司教を記念する日ということです。269年の2月14日に殉教者として処刑された司教を思い出す記念日として、死後200年後に設定された愛を伝える日ということです。
この司教がどのような人格者だったかというと、
* 当時、ローマ帝国時代には兵隊は結婚を禁止されていたが、司教はそれに反抗 して許可した。その結果、司教は投獄されたが、
* その投獄中に、盲目の一少女を介抱、見えるようにした。この結果「魔法の治 療者」としての名を高めた。
* また庭仕事を愛し、さまざまな花を栽培し、市民や教会員に贈った。
このことが欧米での Valentinstag のチョコレートと花束を、想う人に贈るということの根源だということです。
この他に、ロマンチックな愛情を表現する様式にプラスして考えられる一般的なことは
* 2月は野鳥の交尾期に当たる
* 古代ローマ時代に牧羊神ファウンの為に毎年2月15日に行われた豊年祈願祭りなどが、Valentinstag となった要素 と考えられるということです。
要するに愛情から子孫繁栄へと広がって考えられているのが、この日に託した願いなのかもしれません。
このようにして出来上がった記念日が15世紀に英国に渡り、移民によってそれが米国で引き継がれ、第二時世界大戦後、ドイツ駐在の米兵によってこの国ドイツに伝えられ、毎年2月14日にはお菓子会社と花屋を繁栄させることが、1950年ごろから秘めた愛情を密かに示す日として一般化したということです。
このような日はその他の国にもあるようで、例えばイタリヤでは「愛の鍵=(愛し合う二人の名前を書いたもの)」を水の上にかかった橋の欄干にかけ、鍵は水に投げ入れて、愛が永久に続くことを誓う。
英国の1州ウェイルスでは1月25日がSt.Dwynwen を保護聖人とする日で、この日には愛し合う二人は、芸術的な彫りが施された木製の匙を送り合うという習慣があるということです。
スペインでは4月28日が「聖人ホルジの日」で、女性は愛する男性に一冊の本を、男性は愛する女性に赤い薔薇の花を一本贈る日とされているということです。
ドイツのValentinstag も、今は統計をとってみると75%に人が「お菓子屋と花屋の商売日だ」という意見だということです。
つまらないブログで申し訳ありませんが、書いている間に知ったウクライナに仕掛けられた戦争よりはまだ心が温まる事柄のように思えます・・・
aokijuku at 00:30│コメント(0)│