2021年05月22日

ビュッケブルグ歳時記 249

新しいGAZA 戦争の勃発 ?  と Antisemitismus

 依然としてニュースの頭はパンデミーが占めている今日この頃のドイツですが、先週から第2 テーマとして大きく取り上げられているのがイスラエルとパレスチナ間の空爆事件です。
 ユダヤに関する問題は、ナチス時代のことがあるので、この国にとっては今でも非常に繊細で重要なテーマなのです。このような大きな問題を取り扱うことは、わたしのような個人のブログでは避けるべきだと思います。
 が、二つの国の不穏をこの国がどのように受け止めているかは、ホロコーストの過去を持たない国々とは少し違っているように思えますのでその様子をお伝えしたいと思います。

 毎日の新聞やTV にあるのは Antisemitismus (アンチセミチスムス。反ユダヤ主義、ユダヤ人排斥思想)という言葉です。
 この言葉の元は1879年にジャーナリストのMarn が使ったもので、次のような意味を持つ言葉ということです。
 ユダヤ人に対する憎悪、排除、低評価、差別、抑制、迫害、追放、根絶など、ユダヤ人個人だけではなく共同体に対しても使われる憎悪感情の全部を意味するのがAntisemitismus という言葉の意味なのです。

 この言葉を肯定して政治をしたナチスの残した真っ黒い影は、いまだにこの国に居残っていて、どんな時にもこの影を排除することに努めていることが分かるのがドイツの二次大戦後の政治です。

 今回のイスラエルとハマス間の空爆が始まった直後に、Antisemitismus としてドイツに住むパレスチナ避難民がデモを行ったのですが、それを応援する意味でドイツ人の行ったデモは、 ”Pro(この場合の意味は賛成の意) パレスネンザ” であり、ドイツ人として恥じるべきことであると批判し、このデモ団体にイスラエルの政治に対する批判と、ユダヤ人に対する憎悪と攻撃を区別することを要求し、賛成デモの非を要求したのです。 今回のパレスチナのデモはイスラエルの政治に対する批判としては認めるが、ユダヤ人対しての批判として認めることはできない。それを応援する自国のデモは、我が国の恥を晒すことである、として大きなバッテンをつけたのです。
 これがドイツの政治家が国民に示した最初の反応でした。 

 また、これとは反対に、我が国の ”言論 ー 意見表明の自由” は、イスラエル国の政治を批判したり、異議を申し立てたりすることに対するもので、Antisemitismus や 憎悪や暴力に対しては国家の権力を持ってユダヤ人や、シナゴーゲなどのユダヤに関する施設などの保護安全を保障するべきである、と国家への批判も強くなっていることがわかります。この中にはパレスチナの避難民による Antisemitismus のデモを応援する自国のデモ隊を、なぜ警官は解散させないのか、と政府の政策に強い批判が投げかけられていることも含まれています。 
 また”ホロコーストは2度と起こらない”というだけではなんの役にも立たない。
政治家は儀式的なことを言うだけではなく、例えばイスラエルの国旗を焼いたり、Antisemitismus の標語を喚いたりする者には厳格な罰を与えるなどの規則の実行をきちんとするべきだと要求しています。
 これが国民の政治家に対する批判です。

 このようにイスラエルとハマス間の空爆に対するこの国の反応は、ホロコーストの過去を持たない国々の反応とは少し違うと思うことからのブログです。 
この国では Antisemitismus がとても重要な単語であることをおわかりいただけたでしょうか・・・


aokijuku at 01:00│コメント(0)

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
月別の記事一覧
最新コメント