2011年11月26日

ビュッケブルグ歳時記 22

ドイツの11月は亡き人々を想う月

 多くの犠牲を強いた太平洋戦争開戦の日が近くなった。ドイツに長く住んで、紹介したいのが「国民哀悼の日」である。両次大戦の戦死者、特にナチの犠牲者のめい福を祈る日で、その年の降誕節前、11月中の日曜日と決められている。
 この日は第一次大戦戦没者墓地を保護することが目的で1922年に制定され、ナチの指揮のもとでは「戦没将兵慰霊の日」であったのが、52年に現在の名称になった。この日の意義は慰霊だけに限らず、国境と民族の垣根を超えて、相互理解と平和を忘れてはならないという国民の誓いの日としていることに注目したい。
DSC00007今年は11月18日であった。ラウ大統領はベルリンの中央慰霊場で花輪に添えて、現在起こっている世界の戦争、テロなどによる犠牲者に言葉を捧げた。他の都市でも、同様の献花があった。同時に、慰霊塔保護資金募集や、戦争反対礼拝が行われる。
 市民に戦争と平和を考えさせる日がドイツにある。今の日本にも参考になるのではないだろうか。


 突然の「である」文体に驚かれるかもしれませんが、これは、2001年11月26日の朝日新聞「声」欄に載った私の文なのです。「声」に採用されたことは読者の理解を得ることの出来る文だと思いますので、そのまま書き写しました。
 ノイエ・ワッヘと呼ばれる中央慰霊場はベルリン市中心部の有名な大道り、ウンターデンリンデン通りのほとりにあります。プロイセン王によって1818年に建てられ、当時監視所として使われていた建物です。戦争で大破の憂き目にあったものの、再建されて現在のものになっています。
 中央には「ピエタ」(この名の源泉は、十字架から降ろされたキリストを抱いて嘆き悲しむ聖母マリアの画像、彫像です)と名付けられた像が置かれています。これは女性彫刻家、
ケーテ・コルウィッツが戦争反対を表明して1937年に発表した母親像です。死んだ子どもを膝に抱えて悲しむ母親のブロンズ像です。コンクリートの壁と床の大きな広間に、この像だけが置かれているのです。
 何の装いも無いこの慰霊場に足を踏み入れた人は、そこから静粛と戦争への警告を読み取ることと思います。
 今年の国民哀悼日は11月13日でした。


aokijuku at 00:03│コメント(0)

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