2011年10月26日

瑛九 そして 銅板画家 小島光晴の版画

瑛九 そして 銅板画家 小島光晴の版画 2011年10月28日−11月8日 (30日は休み)

瑛九は1911年4月28日に生まれで1960年3月10日に49歳という若さで生涯を終えた。
今年は瑛九の生誕100年となる年で生涯を過ごした浦和にある栃木県立美術館などでの大規模な展覧会が開催されている.

私も縁があり、瑛九自身の刷った銅板画200点余りを、町田市国際版画美術間に納入したり、油彩での秀作の「黄色い花」(1957-1958)を愛知県立美術館に納めたりと瑛九には強い思いがあった。

また、20数年前には宮崎まで足を伸ばし瑛九の実家の杉田眼科を訪ねたりと瑛九の足跡を辿る旅をした。
瑛九は既成の概念にとらわれることなく公募団体には所属せず独自に制作し、多くの若い作家たちに影響を与えた現代美術の先がけをつくった偉大な画家であり版画家であった。

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小島光晴さんについて

小島さんとの思い出は、山村さんが亡くなって山村さんの作品のカタログ・レゾネを作る事になり、写真を撮影する為に堀内さんと三人で作品の所有者に会いに行った時、遠くは伊東、名古屋まで行った。
その結果、五百点余りの作品を写真に収める事が出来た。
改めて小島さんはやるべき事をやったという思いがする。
性格的には、とてもムツカシイ人で、傲慢、不遜、などの言葉が思い浮かぶ、しかし、無邪気で気の優しい人でもあった。

完全主義者なところもあり中途半端な事をするくらいならやらない方がましという考えであった。1983年に林グラフィックプレスからに出版された瑛九・銅板画機銑垢虜りを小島さんが担当した。

小島さんはその後、自身が文化庁の海外研修員として1年間の予定でニューヨークで学んでいる。何度か自分の作品を作る事をすすめたが、ただ黙って寂しく笑っていた。

今回、瑛九の作品と共に並べる作品は寡作な小島さんの情熱をこめた作品だ、暗く、重く、孤独な魂がメゾチントに光を与えている。       平成20年10月  鈴木 與四郎


会場:秀友画廊 12:00am 〜 7:00pm

東京都中央区銀座7-8-1 丸吉ビル6F  TEL 03-3573-5335 
E-mail j_shuyuworld@yahoo.co.jp




aokijuku at 11:11│コメント(0)

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