2010年01月27日
企業とアート
私がアブリオ氏に出会ったのは 15年以上前、シカゴの彼のオフィスであった。その当時のアブリオ氏は米国企業との間で、アートアドバイザーとして忙しい日々を送っていた。その頃の私は、日本から海外に出始めて日も浅く、英語での会話もスムーズに話せるというわけでなく、ときに重要な話の場合、通訳を雇ったりしていた。 アブリオ氏との交流のなかで、ときどき彼の仕事を手伝うようになっていたある日、ある企業の会長が オフィスの壁に掛けるために莫大な費用をかけて、ノーマン・ロックウェルの絵を買おうと思い、アブリオ氏に相談したところ、アブリオ氏は、ロックウェルは確かに装飾的で素晴らしいものではあるが、会社の幹部のオフィスにふさわしいものではない。重厚さが足りない。それなら同じ金額でも、例えばエドワード・ホッパーの作品はどうかと提案した。
彼の提案を受け入れ、会長はアブリオ氏のアドヴァイスに従った。大企業がなぜ自分たちで美術品を選び購入しないのか、なぜあなたに依頼するのか、と聞いたところアブリオ氏は、彼らが美術に関しては専門家ではないからだという(芸術の為に幹部にまでなったのではない。) 彼は1960年代の後半から この仕事を始め、企業のオフィス、法律事務所、医者のオフィス等、多くの無味乾燥な壁を趣味良く飾ってきた。また、米国の大企業である RCA, Esmark,Ashland Oil,PPG Industries,BF Goodrichなども彼に依頼している。最近 彼が依頼された仕事に、シカゴにあるIBMビルディングの中にあるLaw Firmがある。250人もの弁護士をかかえる弁護士事務所である。ワンフロアーの床面積が850坪あるオフィスの11フロアー全てを、予算とニーズを考えて、この会社の幹部と何回もミーティングを続けながら作品を選び 飾っていった。大抵の場合、抽象画が使われる。合理的なことのみを優先し作られた現代風のオフィスとよく調和するからだ。具象では、特定のイメージを見る者に与えてしまい、自由な発想を妨げるという。 そして主に使われるのは「グラフィックアート」と呼ばれる版画であり、アブリオ氏自身も数百点を在庫としてもっている。そのほとんどは、作家により限定されたリトグラフ、銅版、木版、彫刻などオリジナル作品である。
彼は日本の版画にとても興味があり、その素晴らしさを知っていたので、日本に何度も足を運びアーティストを訪ね作品を購入していった。(日本の版画は世界的に最もクオリティーの高いものであり技術的な素晴らしさはもちろん、見る者に精神的な安らぎや喜びを与える作用さえ感じられるのである。)それはIBMのオフィスにとてもよくマッチしていた。グラフィックアートを使用する理由は、そのコストだ。一流のアーティストのリトグラフでも数百ドルで購入できるが、油彩となると どうだろう。例えば、先にあげた エドワード・ホッパー クラスのものでは5万ドル以上にもなる。企業が美術品を社内にとりいれるには いろいろな理由があるだろう。ステータスを求めるのか、企業イメージの拡大か、オフィスの環境づくりか、こうしたことは企業のさまざまな立場によって変わってくるにちがいない。
1988年頃から 92年頃にかけて、日本でも名のある企業が世界的なコレクションを買ったというニュースが世界を駆け誌上をにぎわせた。(日本でのバブルと言われた時代である。) 安田火災海上が ゴッホの‘ひまわり’を 58億円で、大成建設が20億円で250余点のル・コルビュジュ・コレクションを、サントリーが名作ポスター3800点から成るグランヴィル・コレクションを15億円で、オリックスがアンリ・ローランスの彫刻7点をはじめとして ドガ、レジェなどの28点の個性あるコレクションを、ミサワホームが800点のバウハウス・コレクションを一括購入したりと、大小合わせると枚挙にいとまがない。
これらの場合は、ステータスシンボルとして一般の人々に、企業の成功と文化的にも社会に貢献しているというイメージを伝える手段で購入したいと思われる。
かつて絶大な権力をにぎっていたバチカンをはじめとして、宗教的な権力や王家、貴族など、また、イタリアのメディチ家がパトロンとして芸術に果たしてきた役割を、今日の社会では企業が担うようになったということであろう。
アブリオ氏の場合は、主にグラフィックアートということだが、会長をはじめとして重役たちの部屋だけを飾るものではないという発想である。まして倉庫の奥深くしまわれてはならない。彼は重要な企業の戦士であるスタッフの働く場所にアートが不可欠なのだと主張している。 また、企業におけるコレクションもその企業の顔となりアイデンティティを表現するものでなければと彼は言う。
アブリオ氏の選ぶ作品は、たいてい依頼した企業のイメージを反映しているし、その企業が将来 どんな計画をもっているかを象徴している。彼にいわせると、選ぶ作品は常に穏やかであること、センスの良いイメージを与えること、上品で洗練されていることが必要であると…。ときには進歩的、現代的に大胆なコレクションもある。しかし根底に一環して流れているのは、美術には品格の高さが必要とされる、と言い切る。
最後に、こだわりすぎだという者もあるかもしれないが,アブリオ氏はオフィスのある一面の壁に適した作品を見つけることも創作の一環と考え、作品にふさわしい額を選び、壁に掛けること等、助手を使いながら全てを自分自身で行っている。作品をただの紙切れのように扱い、売ることだけに熱中するアートコンサルタントが多い中で、とても繊細な心を持ち 自分の扱う作品の真価、質について本当に感心をもつ数少ないディーラーのひとりだ。オフィスにかざるための芸術作品は価格の多少にかかわらず、質の高さで選ぶべきであり、もしそのコレクションが調和をもって展示されていたなら、その企業を訪れる人にインスピレーションや良い印象を与えるにちがいない。そこに働く人々にやすらぎと、また、その企業で働くことへの誇りを感ずるならば、そのコレクションは、大きな価値をもつことになる。
・エドワード・ホッパー(Edward Hopper)
1882年7月生まれ 1967年没 20世紀のアメリカの画家。20世紀アメリカの具象絵画を代表する一人。アメリカの都会の街路、オフィス、劇場、あるいは効外のガソリンスタンドなど、ありふれた風景と人物を詩情豊かに描きだす。彼の描きだす風景や人々は、ありふれたものでありながら、人間の孤独を描き出している。
・ノーマン・ロックウェル(Norman Rockwell)
1894年ニューヨーク生まれ 1978年没サタデー・イブニング・ポスト誌のために初めて表紙を描き、以後47年間にわたり、同誌のための制作を続ける。その他にも旺盛な制作活動を続け、アメリカの日常生活をユーモア豊かに描き「古き良きアメリカ」を代表する画家,イラストレーターとして大衆の人気を得る。
彼の提案を受け入れ、会長はアブリオ氏のアドヴァイスに従った。大企業がなぜ自分たちで美術品を選び購入しないのか、なぜあなたに依頼するのか、と聞いたところアブリオ氏は、彼らが美術に関しては専門家ではないからだという(芸術の為に幹部にまでなったのではない。) 彼は1960年代の後半から この仕事を始め、企業のオフィス、法律事務所、医者のオフィス等、多くの無味乾燥な壁を趣味良く飾ってきた。また、米国の大企業である RCA, Esmark,Ashland Oil,PPG Industries,BF Goodrichなども彼に依頼している。最近 彼が依頼された仕事に、シカゴにあるIBMビルディングの中にあるLaw Firmがある。250人もの弁護士をかかえる弁護士事務所である。ワンフロアーの床面積が850坪あるオフィスの11フロアー全てを、予算とニーズを考えて、この会社の幹部と何回もミーティングを続けながら作品を選び 飾っていった。大抵の場合、抽象画が使われる。合理的なことのみを優先し作られた現代風のオフィスとよく調和するからだ。具象では、特定のイメージを見る者に与えてしまい、自由な発想を妨げるという。 そして主に使われるのは「グラフィックアート」と呼ばれる版画であり、アブリオ氏自身も数百点を在庫としてもっている。そのほとんどは、作家により限定されたリトグラフ、銅版、木版、彫刻などオリジナル作品である。
彼は日本の版画にとても興味があり、その素晴らしさを知っていたので、日本に何度も足を運びアーティストを訪ね作品を購入していった。(日本の版画は世界的に最もクオリティーの高いものであり技術的な素晴らしさはもちろん、見る者に精神的な安らぎや喜びを与える作用さえ感じられるのである。)それはIBMのオフィスにとてもよくマッチしていた。グラフィックアートを使用する理由は、そのコストだ。一流のアーティストのリトグラフでも数百ドルで購入できるが、油彩となると どうだろう。例えば、先にあげた エドワード・ホッパー クラスのものでは5万ドル以上にもなる。企業が美術品を社内にとりいれるには いろいろな理由があるだろう。ステータスを求めるのか、企業イメージの拡大か、オフィスの環境づくりか、こうしたことは企業のさまざまな立場によって変わってくるにちがいない。
1988年頃から 92年頃にかけて、日本でも名のある企業が世界的なコレクションを買ったというニュースが世界を駆け誌上をにぎわせた。(日本でのバブルと言われた時代である。) 安田火災海上が ゴッホの‘ひまわり’を 58億円で、大成建設が20億円で250余点のル・コルビュジュ・コレクションを、サントリーが名作ポスター3800点から成るグランヴィル・コレクションを15億円で、オリックスがアンリ・ローランスの彫刻7点をはじめとして ドガ、レジェなどの28点の個性あるコレクションを、ミサワホームが800点のバウハウス・コレクションを一括購入したりと、大小合わせると枚挙にいとまがない。
これらの場合は、ステータスシンボルとして一般の人々に、企業の成功と文化的にも社会に貢献しているというイメージを伝える手段で購入したいと思われる。
かつて絶大な権力をにぎっていたバチカンをはじめとして、宗教的な権力や王家、貴族など、また、イタリアのメディチ家がパトロンとして芸術に果たしてきた役割を、今日の社会では企業が担うようになったということであろう。
アブリオ氏の場合は、主にグラフィックアートということだが、会長をはじめとして重役たちの部屋だけを飾るものではないという発想である。まして倉庫の奥深くしまわれてはならない。彼は重要な企業の戦士であるスタッフの働く場所にアートが不可欠なのだと主張している。 また、企業におけるコレクションもその企業の顔となりアイデンティティを表現するものでなければと彼は言う。
アブリオ氏の選ぶ作品は、たいてい依頼した企業のイメージを反映しているし、その企業が将来 どんな計画をもっているかを象徴している。彼にいわせると、選ぶ作品は常に穏やかであること、センスの良いイメージを与えること、上品で洗練されていることが必要であると…。ときには進歩的、現代的に大胆なコレクションもある。しかし根底に一環して流れているのは、美術には品格の高さが必要とされる、と言い切る。
最後に、こだわりすぎだという者もあるかもしれないが,アブリオ氏はオフィスのある一面の壁に適した作品を見つけることも創作の一環と考え、作品にふさわしい額を選び、壁に掛けること等、助手を使いながら全てを自分自身で行っている。作品をただの紙切れのように扱い、売ることだけに熱中するアートコンサルタントが多い中で、とても繊細な心を持ち 自分の扱う作品の真価、質について本当に感心をもつ数少ないディーラーのひとりだ。オフィスにかざるための芸術作品は価格の多少にかかわらず、質の高さで選ぶべきであり、もしそのコレクションが調和をもって展示されていたなら、その企業を訪れる人にインスピレーションや良い印象を与えるにちがいない。そこに働く人々にやすらぎと、また、その企業で働くことへの誇りを感ずるならば、そのコレクションは、大きな価値をもつことになる。
・エドワード・ホッパー(Edward Hopper)
1882年7月生まれ 1967年没 20世紀のアメリカの画家。20世紀アメリカの具象絵画を代表する一人。アメリカの都会の街路、オフィス、劇場、あるいは効外のガソリンスタンドなど、ありふれた風景と人物を詩情豊かに描きだす。彼の描きだす風景や人々は、ありふれたものでありながら、人間の孤独を描き出している。
・ノーマン・ロックウェル(Norman Rockwell)
1894年ニューヨーク生まれ 1978年没サタデー・イブニング・ポスト誌のために初めて表紙を描き、以後47年間にわたり、同誌のための制作を続ける。その他にも旺盛な制作活動を続け、アメリカの日常生活をユーモア豊かに描き「古き良きアメリカ」を代表する画家,イラストレーターとして大衆の人気を得る。
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この記事へのコメント
1. Posted by 河中信孝 2010年02月09日 01:00
ニューヨークと東京を往復しながらのご活躍、ブログまでとは、感じ入りました。われらの知らない美術界の興味ある話、楽しませていただきました。
「お気に入り」に登録し、一番上のほうにドラッグして、すぐにクリックできるようにしてあります。
ケーテコルビッツなども楽しみにしています。
島根県立美術館は現在、島根県立美術館
10周年記念 コレクション企画展「浮世絵遊覧」【後 期】広重特集 をやっています。2月15日まで。とても来陰は無理でしょうね……
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ケーテコルビッツなども楽しみにしています。
島根県立美術館は現在、島根県立美術館
10周年記念 コレクション企画展「浮世絵遊覧」【後 期】広重特集 をやっています。2月15日まで。とても来陰は無理でしょうね……
2. Posted by 長谷川昌昭 2010年02月09日 12:07
ノーマン・ロックウェルの絵のみが、理解可能な芸術音痴です。
しかしながら この文は、とても謙虚な文体構成は、お仕事の過程で企業トップの謙虚さを反映したものと推測されてとても良い構成と題材には感服しました。
私は、27歳の時に 13名のスタッフを初めて担当する地位に就いた時に、共に競った方「3隻の船と湖水」の絵コピーをら贈られました。
その後にこの原画とオルセで40年後に逢った時は、筆舌には表せぬ程の感激でした。
遠くの友は"緯度で経度 "である。
現在の文章は、今後は準備の第一歩でしょう。議論の活発化・活性化をと念じています。
ありがとうございました。長谷川昌昭
しかしながら この文は、とても謙虚な文体構成は、お仕事の過程で企業トップの謙虚さを反映したものと推測されてとても良い構成と題材には感服しました。
私は、27歳の時に 13名のスタッフを初めて担当する地位に就いた時に、共に競った方「3隻の船と湖水」の絵コピーをら贈られました。
その後にこの原画とオルセで40年後に逢った時は、筆舌には表せぬ程の感激でした。
遠くの友は"緯度で経度 "である。
現在の文章は、今後は準備の第一歩でしょう。議論の活発化・活性化をと念じています。
ありがとうございました。長谷川昌昭