2020年04月
2020年04月28日
【From America】「アメリカで銃が売れる理由」
ウインドゲイト緑です。
皆様 新型コロナウイルス お見舞い申し上げます。
私はアメリカでコロナウイルスが蔓延する前に日本に参りましたが、アメリカの状況が悪いという報道があり、少し落ち着くまでは日本に滞在することにしました。現在も日本に居ります。
そのような事情で、直接 アメリカの状況をお伝え出来ませんが、アメリカの友人知人からの情報を得て出来るだけお知らしようと思います。よろしくお願い致します。
「アメリカで銃が沢山売れている」という報道が日本でもあったのを記憶されていると思います。しかし、銃でコロナウイルスを撃つことは出来ないのにどうして銃が売れるのでしょうか? 人々が不安になっているから、と友人は言います。
十年以上前に私の住んでいるラスベガスで報道された事件を思い出しました。アメリカの病院の救急はいつでも混んでいます。予約なしで飛び込んでいくほど切迫しているのに、お医者さんに診てもらうまでに5−6時間待つとも言われるERです。あまりにも長い待ち時間にしびれを切らせた患者の家族が銃を取り出して「うちの奥さんを今すぐ診ろ」と詰め寄ったというニュースでした。
その後、どこの病院の入り口にも「銃を持ち込まないでください」という看板が掲げられていることに気づきました。日本の病院の入り口では決して見ない看板ですね。
人工呼吸器が一つしかない場合、前述の人のように「うちの奥さんに人工呼吸器を付けてくれ」と銃を取り出すこともあるのかなと思ったりしてこの「銃が売れている」というニュースを聞いていました。そのようなことが起こらないことを望むばかりです。
皆様 新型コロナウイルス お見舞い申し上げます。
私はアメリカでコロナウイルスが蔓延する前に日本に参りましたが、アメリカの状況が悪いという報道があり、少し落ち着くまでは日本に滞在することにしました。現在も日本に居ります。
そのような事情で、直接 アメリカの状況をお伝え出来ませんが、アメリカの友人知人からの情報を得て出来るだけお知らしようと思います。よろしくお願い致します。
「アメリカで銃が沢山売れている」という報道が日本でもあったのを記憶されていると思います。しかし、銃でコロナウイルスを撃つことは出来ないのにどうして銃が売れるのでしょうか? 人々が不安になっているから、と友人は言います。
十年以上前に私の住んでいるラスベガスで報道された事件を思い出しました。アメリカの病院の救急はいつでも混んでいます。予約なしで飛び込んでいくほど切迫しているのに、お医者さんに診てもらうまでに5−6時間待つとも言われるERです。あまりにも長い待ち時間にしびれを切らせた患者の家族が銃を取り出して「うちの奥さんを今すぐ診ろ」と詰め寄ったというニュースでした。
その後、どこの病院の入り口にも「銃を持ち込まないでください」という看板が掲げられていることに気づきました。日本の病院の入り口では決して見ない看板ですね。
人工呼吸器が一つしかない場合、前述の人のように「うちの奥さんに人工呼吸器を付けてくれ」と銃を取り出すこともあるのかなと思ったりしてこの「銃が売れている」というニュースを聞いていました。そのようなことが起こらないことを望むばかりです。
2020年04月25日
ビュッケブルグ歳時記 225
0stern (イースター、復活祭)
日本では英語で言われるイースターは、春の一時期、子供たちが茹で卵を様々な色に染めて楽しむキリスト教の祝祭期間として知られていると思います。一般に、クリスマスの次に重要だと思われているこの祝日は、厳密にはキリスト教徒にとっては、クリスマスという降誕祭よりも、人間界には無い復活を象徴する祭日として最も重要な祭日が Ostern なのです。
今年のこの国の Ostern はコロナ騒動により、大抵の家庭がひっそりと家族のみで祝うことになった連休祭日だったと思います。
この祝祭日とドイツ国の関係を知るとーーこれはドイツだけではなく、欧州がキリスト教圏であること思うと、この祭日を少し詳しく知ることは、キリスト教とこの宗教の元で暮らす人間社会の様相が少しわかることでもあると思いますので、長い歴史を持つこの祭日について簡単に書いてみます。
Ostern が祝われだしたのは、ドイツでは宗教改革のあった1678年の頃で、ー少し宗教に深入りすることになりますがー Ostern の意味は、キリスト教の中の救世主イエスの受難の苦しみ + 十字架死 + 復活 を祝う祭りで、死は終わりではなく新しい生命の始まりであるとの意味を持ち、よみがえりを通して新しい命をもらうということは、真実は虚偽を卓越し、愛は憎しみを越えるなどのキリスト教の愛の精神を通しての理想的な社会を唱っているのだと思います。
Ostern は次の様な日々で構成されています。
復活を祝う前に受難期があるのです。この時期はカーナバルの終わった日からの40日間で、バッハの作品で有名なヨハネス・パッションやその他の受難曲は、この期の受難を音にした芸術作品なわけです。
また、この受難期はキリスト教徒には暴食、暴飲をしない様にとの教訓が有ります。子供たちもこの間、甘いものや、チョコレートのおやつを制限されていることも耳に入ります。4月の末に始まるイスラム教のラマダンを思い出すと、昔の宗教はキリスト教でもイスラム教でも教徒の健康にも考えが及んでいたのかと驚きます。
この受難期の終わりが、みどりの木曜日と呼ばれる受難期の最後の日で、この日が有名なダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」の日です。続く金曜日がカール金曜日と呼ばれる十字架磔つけの日、土曜日を挟んで次の日曜が復活の日Osternで、つづく月曜日もドイツでは祭日です。全国で4日間の連休となるのです。
受難期を終えた復活祭からは、また美食が許され、伝統は子羊の肉料理です。
普通の年はこの春の連休には親戚同士が集まり、復活の祝いとして、美味しい料理とワインでお互いの無事を喜び合うのですが。
この祝日がいつ行われるかといえば、ユダヤ・カレンダーよる、春の最初の満月の日曜で、これはグレゴリアンカレンダーでは3月22日から4月の25日にあたり、現在の欧州では毎年この期間中の核当日にイースターが祝われるわけです。
またもう一つ面白いのは、ある時期からキリスト教とゲルマン神話やギリシャ神話が混ぜこぜになったことです。そこからドイツではOstern にはウサギが卵を持ってきて、家の中や庭の藪陰に隠してゆくとの逸話があって、子供たちは天気に恵まれると庭や、近くの自然の中を隠された、さまざま卵を探し回るのです。
このウサギと卵の奇妙な関係は、神話ではウサギは繁殖力の象徴であり、卵も生命の元であることや、昔の債務者は負った借りを卵とウサギで債権者に返したことからきたこの国独自Ostern慣習だと思われます。
日本では英語で言われるイースターは、春の一時期、子供たちが茹で卵を様々な色に染めて楽しむキリスト教の祝祭期間として知られていると思います。一般に、クリスマスの次に重要だと思われているこの祝日は、厳密にはキリスト教徒にとっては、クリスマスという降誕祭よりも、人間界には無い復活を象徴する祭日として最も重要な祭日が Ostern なのです。
今年のこの国の Ostern はコロナ騒動により、大抵の家庭がひっそりと家族のみで祝うことになった連休祭日だったと思います。
この祝祭日とドイツ国の関係を知るとーーこれはドイツだけではなく、欧州がキリスト教圏であること思うと、この祭日を少し詳しく知ることは、キリスト教とこの宗教の元で暮らす人間社会の様相が少しわかることでもあると思いますので、長い歴史を持つこの祭日について簡単に書いてみます。
Ostern が祝われだしたのは、ドイツでは宗教改革のあった1678年の頃で、ー少し宗教に深入りすることになりますがー Ostern の意味は、キリスト教の中の救世主イエスの受難の苦しみ + 十字架死 + 復活 を祝う祭りで、死は終わりではなく新しい生命の始まりであるとの意味を持ち、よみがえりを通して新しい命をもらうということは、真実は虚偽を卓越し、愛は憎しみを越えるなどのキリスト教の愛の精神を通しての理想的な社会を唱っているのだと思います。
Ostern は次の様な日々で構成されています。
復活を祝う前に受難期があるのです。この時期はカーナバルの終わった日からの40日間で、バッハの作品で有名なヨハネス・パッションやその他の受難曲は、この期の受難を音にした芸術作品なわけです。
また、この受難期はキリスト教徒には暴食、暴飲をしない様にとの教訓が有ります。子供たちもこの間、甘いものや、チョコレートのおやつを制限されていることも耳に入ります。4月の末に始まるイスラム教のラマダンを思い出すと、昔の宗教はキリスト教でもイスラム教でも教徒の健康にも考えが及んでいたのかと驚きます。
この受難期の終わりが、みどりの木曜日と呼ばれる受難期の最後の日で、この日が有名なダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」の日です。続く金曜日がカール金曜日と呼ばれる十字架磔つけの日、土曜日を挟んで次の日曜が復活の日Osternで、つづく月曜日もドイツでは祭日です。全国で4日間の連休となるのです。
受難期を終えた復活祭からは、また美食が許され、伝統は子羊の肉料理です。
普通の年はこの春の連休には親戚同士が集まり、復活の祝いとして、美味しい料理とワインでお互いの無事を喜び合うのですが。
この祝日がいつ行われるかといえば、ユダヤ・カレンダーよる、春の最初の満月の日曜で、これはグレゴリアンカレンダーでは3月22日から4月の25日にあたり、現在の欧州では毎年この期間中の核当日にイースターが祝われるわけです。
またもう一つ面白いのは、ある時期からキリスト教とゲルマン神話やギリシャ神話が混ぜこぜになったことです。そこからドイツではOstern にはウサギが卵を持ってきて、家の中や庭の藪陰に隠してゆくとの逸話があって、子供たちは天気に恵まれると庭や、近くの自然の中を隠された、さまざま卵を探し回るのです。
このウサギと卵の奇妙な関係は、神話ではウサギは繁殖力の象徴であり、卵も生命の元であることや、昔の債務者は負った借りを卵とウサギで債権者に返したことからきたこの国独自Ostern慣習だと思われます。
2020年04月11日
ビュッケブルグ歳時記 224
コロナ の続き
感染者の数が減って、社会的コンタクト制限が緩和され、普通の日常生活が一日も早く戻って来ることを望む市民が多いと思われるドイツです。ことに、今週末はキリスト教での2番目に大きい、救世主の蘇りを祝うOstern(イースター)と呼ばれる4日間の祭休日となり、親族再会祝賀会を期待する国民も多いと思われます。
のに、今朝の新聞記事「驚くほどクールなドイツ人たち」という、ある調査機関の結果には少し驚きました。この記事の副表題は「国民はコロナ・ヴィルスよりも景気後退の方を心配している」なのです。内容を簡単に書いてみます。
1. 市民は自国の健康管理制度を信用していることからかコロナに対する心配は老若を問わず、少ない。
これに反して
2. 不景気に対する心配は大きく上まって、これから来る経済暴落を恐れている市民が多い。
3. 現在の政府の政策に対する採点数は、1−5までの点数にすると3で普通、ということです。
もう一つ、興味を引いた記事をお伝えします。
「この危機の後は? 全てが反対意見を持ってぶつかり合う世界となるか、それとも今よりも住み良い社会となるか」についての、一教授の意見です。
「グロバリスムの終わりは各国が独立して競い合う社会となるのか、という問いには二つの答えがあると思われる。一つはすでに実施されている様に、米国はドイツの細菌学者を拒否し、中国は薬品の輸出を中止し、ヨロッパは国境を閉鎖した。これらの行末はネオ国家主義の興隆である。そこで、もう一つの希望の持てる新しい様式を考えてみよう。それは、国、連邦、地域を同等の権利を持つ構成とし、一機構が権利を持つのではなく集中を排除する分権様式で、物産市場でも会社経営でも局地的にもグロバール的にも使える様式を使うことになれば、全てがぶつかり合う社会となることは避けられると思われる。発展しつつあるデジタル化がこのための手段になるだろう」
この様な未来計画構想はわたしには難しすぎます。わたしが考える未来は次の通りです。読んでいただけると嬉しいです。
3月末のメルケル首相の国民に向けてのTV声明以来、この地の人々は実によく一致団結して規律を守っているという印象があります。また先週の英国女王の声明にも団結という言葉があった様で「大きな困難も皆が一緒に立ち向かえば乗り越えられる」と知ると、この団結ということの意味が大きく聞こえる様な気になります。「皆で一緒に」ということの意味を思わされるのです。
コロナ発生以来、ニュースはコロナ関係に満たされ、他のニュースはほとんど姿を消しています。その中には、中近東の、シリアのなんとかという街にトルコからの爆弾が落ちて孤児となった子供の哀れな姿が映されることや、ロシアから独立した国と世界大国との争いなどのニュースがなくなったことに気がつきました。
もちろん、コロナは人間の生命を脅かす恐ろしいヴィルスですから、この敵に皆が一緒に団結して立ち向かうことで、昔と同じ普通の生活を取り戻すべく、今は世界中の人がこの敵に立ち向かっていると思いますし、必要なことだとも思います。
わたしの頭に浮かぶのは、「今は世界中の人が一緒に何かをしている」ことから、その他の争い、国と国との戦争、外国人蔑視、宗教の違いから来る争い、核兵器の実験、自分の国に居られない避難民の救助等々が二の次になって行われていないということに思いが向かうのです。
そこから、今回は闘争する相手がコロナという恐ろしい病魔ですが、これを「平和」に置き換えることも出来るのではないかと思うのです。「平和」に中には「共生」「平等」なども含まれます。
団結して立ち向かう相手を、病魔という「悪いこと」から、平和という「良いこと」に置き換えて努力をすると、このパンデミーの去った後の世界を、皆が少しでも住み良い世界にできるのではないかと思うのです。完全にでは無くとも、少なくともミサイル実験や、人種が気に入らないからといってする武器による暴力が無くなればいいと思うのです。
感染者の数が減って、社会的コンタクト制限が緩和され、普通の日常生活が一日も早く戻って来ることを望む市民が多いと思われるドイツです。ことに、今週末はキリスト教での2番目に大きい、救世主の蘇りを祝うOstern(イースター)と呼ばれる4日間の祭休日となり、親族再会祝賀会を期待する国民も多いと思われます。
のに、今朝の新聞記事「驚くほどクールなドイツ人たち」という、ある調査機関の結果には少し驚きました。この記事の副表題は「国民はコロナ・ヴィルスよりも景気後退の方を心配している」なのです。内容を簡単に書いてみます。
1. 市民は自国の健康管理制度を信用していることからかコロナに対する心配は老若を問わず、少ない。
これに反して
2. 不景気に対する心配は大きく上まって、これから来る経済暴落を恐れている市民が多い。
3. 現在の政府の政策に対する採点数は、1−5までの点数にすると3で普通、ということです。
もう一つ、興味を引いた記事をお伝えします。
「この危機の後は? 全てが反対意見を持ってぶつかり合う世界となるか、それとも今よりも住み良い社会となるか」についての、一教授の意見です。
「グロバリスムの終わりは各国が独立して競い合う社会となるのか、という問いには二つの答えがあると思われる。一つはすでに実施されている様に、米国はドイツの細菌学者を拒否し、中国は薬品の輸出を中止し、ヨロッパは国境を閉鎖した。これらの行末はネオ国家主義の興隆である。そこで、もう一つの希望の持てる新しい様式を考えてみよう。それは、国、連邦、地域を同等の権利を持つ構成とし、一機構が権利を持つのではなく集中を排除する分権様式で、物産市場でも会社経営でも局地的にもグロバール的にも使える様式を使うことになれば、全てがぶつかり合う社会となることは避けられると思われる。発展しつつあるデジタル化がこのための手段になるだろう」
この様な未来計画構想はわたしには難しすぎます。わたしが考える未来は次の通りです。読んでいただけると嬉しいです。
3月末のメルケル首相の国民に向けてのTV声明以来、この地の人々は実によく一致団結して規律を守っているという印象があります。また先週の英国女王の声明にも団結という言葉があった様で「大きな困難も皆が一緒に立ち向かえば乗り越えられる」と知ると、この団結ということの意味が大きく聞こえる様な気になります。「皆で一緒に」ということの意味を思わされるのです。
コロナ発生以来、ニュースはコロナ関係に満たされ、他のニュースはほとんど姿を消しています。その中には、中近東の、シリアのなんとかという街にトルコからの爆弾が落ちて孤児となった子供の哀れな姿が映されることや、ロシアから独立した国と世界大国との争いなどのニュースがなくなったことに気がつきました。
もちろん、コロナは人間の生命を脅かす恐ろしいヴィルスですから、この敵に皆が一緒に団結して立ち向かうことで、昔と同じ普通の生活を取り戻すべく、今は世界中の人がこの敵に立ち向かっていると思いますし、必要なことだとも思います。
わたしの頭に浮かぶのは、「今は世界中の人が一緒に何かをしている」ことから、その他の争い、国と国との戦争、外国人蔑視、宗教の違いから来る争い、核兵器の実験、自分の国に居られない避難民の救助等々が二の次になって行われていないということに思いが向かうのです。
そこから、今回は闘争する相手がコロナという恐ろしい病魔ですが、これを「平和」に置き換えることも出来るのではないかと思うのです。「平和」に中には「共生」「平等」なども含まれます。
団結して立ち向かう相手を、病魔という「悪いこと」から、平和という「良いこと」に置き換えて努力をすると、このパンデミーの去った後の世界を、皆が少しでも住み良い世界にできるのではないかと思うのです。完全にでは無くとも、少なくともミサイル実験や、人種が気に入らないからといってする武器による暴力が無くなればいいと思うのです。