2011年03月
2011年03月21日
【明日の世界】No.64「ネンキンと南方熊楠」
ネンキンと言うと年金を連想するでしょうが今日は粘菌のお話です。南方熊楠は明治の初め日本で最初に粘菌を研究した人です。
早稲田大学のT(女史)教授から聞きました。今粘菌が大変注目されて来ています。昭和天皇が粘菌の研究をされた方で有名で、また昭和天皇が読まれた歌で実名が入っているただ一人が南方熊楠とのことでした。動物界と植物界の間に置かれた原始動物の一群で動物でもあり植物でもあり一夜にして動物から植物に変身する変形菌でもあります。T先生は応用物理が専門ですがそれが粘菌に魅せられて今やその分野の第一人者になっています。90分の講演の後Q&Aが続きましたがなかなか理解されませんでしたが、要するに粘菌の生き方が現代にマッチするそうです。次回もう少し詳しくご紹介させてください。
早稲田大学のT(女史)教授から聞きました。今粘菌が大変注目されて来ています。昭和天皇が粘菌の研究をされた方で有名で、また昭和天皇が読まれた歌で実名が入っているただ一人が南方熊楠とのことでした。動物界と植物界の間に置かれた原始動物の一群で動物でもあり植物でもあり一夜にして動物から植物に変身する変形菌でもあります。T先生は応用物理が専門ですがそれが粘菌に魅せられて今やその分野の第一人者になっています。90分の講演の後Q&Aが続きましたがなかなか理解されませんでしたが、要するに粘菌の生き方が現代にマッチするそうです。次回もう少し詳しくご紹介させてください。
2011年03月20日
災害時のニュース
先週の地震の時は、事務所で仕事をしていました。かなり長く大きな揺れでしたが、幸い備品の倒壊もなく怪我もありませんでした。
しかし、直後の交通マヒと通信マヒには困りました。まず、自宅のある横浜市が夕刻まで停電になっていたことで、固定電話が使用できずこれにより携帯での通信がピークとなり、携帯はかからない固定電話もかからないという状態になりました。
固定電話ではそのうち5回に1回くらいは「おかけになった番号は、正常な通信機器が接続されていません」という内容のアナウンスが流れたので、家が倒壊したのではないかと不安になりました。
また、電車は全てSTOPしたためしばらくは会社でテレビを見ていました。津波の被害や原発事故など、どれも重大なニュースなのですが、とりあえずの身の上の危機は家に帰れるか否かなのです。その時に限っていえば、JR品川駅の状況や道路の状況、鉄道の運行開始予定などだったのです。
しかし、どの局も競って津波や原発を放映しています。確かに大事な情報ですが、今歩いて駅に行っても入場規制があるとか、もうすぐ何何線が復旧するなどのタイムリーな映像が欲しかったと思います。
こんな時こそ、各局で分担して「原発」「津波」「近隣の交通情報」「地震情報」などテーマ別に常時専属報道してもらえるといいのにと感じました。
しかし、直後の交通マヒと通信マヒには困りました。まず、自宅のある横浜市が夕刻まで停電になっていたことで、固定電話が使用できずこれにより携帯での通信がピークとなり、携帯はかからない固定電話もかからないという状態になりました。
固定電話ではそのうち5回に1回くらいは「おかけになった番号は、正常な通信機器が接続されていません」という内容のアナウンスが流れたので、家が倒壊したのではないかと不安になりました。
また、電車は全てSTOPしたためしばらくは会社でテレビを見ていました。津波の被害や原発事故など、どれも重大なニュースなのですが、とりあえずの身の上の危機は家に帰れるか否かなのです。その時に限っていえば、JR品川駅の状況や道路の状況、鉄道の運行開始予定などだったのです。
しかし、どの局も競って津波や原発を放映しています。確かに大事な情報ですが、今歩いて駅に行っても入場規制があるとか、もうすぐ何何線が復旧するなどのタイムリーな映像が欲しかったと思います。
こんな時こそ、各局で分担して「原発」「津波」「近隣の交通情報」「地震情報」などテーマ別に常時専属報道してもらえるといいのにと感じました。
2011年03月19日
ビュッケブルグ歳時記 4
3月のお祭り騒ぎ ー カーナバルの謂れ
3月7日は「バラの月曜日」とよばれるカーナバルのクライマックスの日でした。 カーナバルはブラジル・リオのものが有名ですが、ドイツの、特にカトリック教徒の多い州の、ケルンやマインツ市でも盛大に祝われます。3月の歳時記では日本語で「謝肉祭」と訳されている、このお祭り騒ぎについてお話したいと思います。
長い伝統をもつ、この祭りは今では政治を揶揄するような世俗的な形になっていますが実は宗教と深い関係があるのです。このことを意識している市民も少なくなっていると思いますが、よく見ると西暦2011年の今でもドイツ人の生活の底には、キリスト教のカレンダーが強く残っているのです。
カーナバルのもとは、紀元前に栄えた地中海文明で行われた春祭りにあり、15世紀にはヴェニスやフロレンスなどイタリヤの都市で祝われ、ドイツに入って来たのは1600年の半ば頃といわれています。ドイツではでFassenacht,Fasching,Fastelovendなどと、地方によって違う名前で呼ばれます。
これらの名前をドイツ語で書いたのには理由があります。
FAST という文字が目につきますが、動詞はfasten で「肉食を断つ、断食する」という意味なのです。
カトリックには、断食をして改悛し、信心をさらに固めよという教訓があります。これはその昔、週に一日は肉食をしない日をもつか、或は一日一食の日をもてという14歳以上の教徒に課せられた教えです。
これは今も、金曜日は魚料理か野菜の簡単料理を食べる家庭が多いという形で残っています。このように肉食を断つことは、云うなればご馳走を食べないということで、
この節食期間はキリスト教歴では決まっているのです。
この期間が1年の内で何時かという説明を(少し回りくどくなるかもしれませんが)してみます。 クリスマスがキリストの誕生を祝う日だということは今では世界中の人が知っていると思いますが、イースターが、キリストの復活を祝う日として、2番目に大きい祝い日だということは余り知られていないように思われます。そしてこの復活の日前の4週間が四旬節といわれる受難期で、キリスト教が国教のこの国では市民もこの期間は改悛とか懺悔するという時でもあるのです。節食を考えることもこの中に入ります。
実際に行う人がどの程度居るかは疑問ですが、私の生徒の中に「イースター迄はチョコレートや甘いものは余り買ってもらえないの」という子どもも居ることを付け加えておきます。
話を元に戻すと、ライン地方のカーナバルは11月11日午前11時11分に始まります。そして終わるのは翌年のイースターから逆算して4週間前の水曜日「灰の水曜日」といわれる日で終わります。そして、翌、木曜日から受難期が始まるのです。
カーナバルの語源は2つあって、一つは「さらば肉食よ」で、もう一つは「道化者がいっぱい乗っている船」ということもあるようです。道化者がたくさん笑いをもって来てその笑いで厳しい冬の寒さを吹き飛ばそうというわけです。
11月に始まって、翌年の節食期迄の約4ヶ月を、笑いと美味しいものを思う存分堪能しようという魂胆で行われるのがカーナバルなのです。そしてこれが終わると節食を求められる受難期になり、それまでの飽食に感謝するというわけです。
「謝肉祭」とは、妙訳ですよね!
今回はカーナバルの定義になりました。次回にこの国の人々がはどのように楽しむかを具体的にお話します。
3月7日は「バラの月曜日」とよばれるカーナバルのクライマックスの日でした。 カーナバルはブラジル・リオのものが有名ですが、ドイツの、特にカトリック教徒の多い州の、ケルンやマインツ市でも盛大に祝われます。3月の歳時記では日本語で「謝肉祭」と訳されている、このお祭り騒ぎについてお話したいと思います。
長い伝統をもつ、この祭りは今では政治を揶揄するような世俗的な形になっていますが実は宗教と深い関係があるのです。このことを意識している市民も少なくなっていると思いますが、よく見ると西暦2011年の今でもドイツ人の生活の底には、キリスト教のカレンダーが強く残っているのです。
カーナバルのもとは、紀元前に栄えた地中海文明で行われた春祭りにあり、15世紀にはヴェニスやフロレンスなどイタリヤの都市で祝われ、ドイツに入って来たのは1600年の半ば頃といわれています。ドイツではでFassenacht,Fasching,Fastelovendなどと、地方によって違う名前で呼ばれます。
これらの名前をドイツ語で書いたのには理由があります。
FAST という文字が目につきますが、動詞はfasten で「肉食を断つ、断食する」という意味なのです。
カトリックには、断食をして改悛し、信心をさらに固めよという教訓があります。これはその昔、週に一日は肉食をしない日をもつか、或は一日一食の日をもてという14歳以上の教徒に課せられた教えです。
これは今も、金曜日は魚料理か野菜の簡単料理を食べる家庭が多いという形で残っています。このように肉食を断つことは、云うなればご馳走を食べないということで、
この節食期間はキリスト教歴では決まっているのです。
この期間が1年の内で何時かという説明を(少し回りくどくなるかもしれませんが)してみます。 クリスマスがキリストの誕生を祝う日だということは今では世界中の人が知っていると思いますが、イースターが、キリストの復活を祝う日として、2番目に大きい祝い日だということは余り知られていないように思われます。そしてこの復活の日前の4週間が四旬節といわれる受難期で、キリスト教が国教のこの国では市民もこの期間は改悛とか懺悔するという時でもあるのです。節食を考えることもこの中に入ります。
実際に行う人がどの程度居るかは疑問ですが、私の生徒の中に「イースター迄はチョコレートや甘いものは余り買ってもらえないの」という子どもも居ることを付け加えておきます。
話を元に戻すと、ライン地方のカーナバルは11月11日午前11時11分に始まります。そして終わるのは翌年のイースターから逆算して4週間前の水曜日「灰の水曜日」といわれる日で終わります。そして、翌、木曜日から受難期が始まるのです。
カーナバルの語源は2つあって、一つは「さらば肉食よ」で、もう一つは「道化者がいっぱい乗っている船」ということもあるようです。道化者がたくさん笑いをもって来てその笑いで厳しい冬の寒さを吹き飛ばそうというわけです。
11月に始まって、翌年の節食期迄の約4ヶ月を、笑いと美味しいものを思う存分堪能しようという魂胆で行われるのがカーナバルなのです。そしてこれが終わると節食を求められる受難期になり、それまでの飽食に感謝するというわけです。
「謝肉祭」とは、妙訳ですよね!
今回はカーナバルの定義になりました。次回にこの国の人々がはどのように楽しむかを具体的にお話します。
2011年03月18日
柳葉魚とは?


みなさんはご存知かもしれませんが、実は私、こんなことを初めて知ったんです。
1)「柳葉魚」と書いて「ししゃも」と読むこと
2)普段、スーパーで売っているししゃもは、「カペリン(和名:カラフトししゃも)」というもので、本物のししゃもではないこと
3)本物のししゃもは、北海道の太平洋沿岸だけに生息する日本固有の貴重な魚であること
先日、あるデパートの味の物産展に行った時、北海道ブースにいたカネダイ大野商店さんに聞きました。ここはししゃもの加工販売をしているところで、「生干ししゃも」、「珍味ししゃも」、「ししゃも甘露煮」などを売っています。 →詳しくはこちら
試食があってパクリと一口食べたところ、ものすごくおいしくていくつも食べてしまいました

「ししゃもってこんなにおいしいんだー!」

サイズも大きい分、いつも買うししゃもよりはお値段は高いのですが、感動した私は40串購入。オスの方が身がたっぷりでカルシウムがあるということだったので特大サイズ。メスは卵がたくさんなので、たんぱく質の取りすぎを考えて小サイズにしました。
ししゃもは10月から11月が旬のようで、カネダイさんに行くと「ししゃも生寿司」がたべられるとのこと。
いつか行ってみたいな〜と思います


↑写真は家で焼いたししゃもです。大きいのがオス、小さいのがメスです。
2011年03月17日
【見たり聞いたり】11「ナウル共和国」その2
初めにナウル共和国の通貨はオーストラリアドルです。
りん鉱石を掘りつくせば資産が枯渇することはわかっていたので当時メルボルンに二棟の高層ビルを建てたり資産運用の多角化に日本に投資しませんかとアプローチしていました。
ナウル共和国は税金がなく学校も病院も無料でした。しかし人口の90%が無職で仕事の機会がなくて優秀な学生が奨学金でオーストラリアに留学しても帰ってきた時働く場所がなくて困っていました。資金運用ですから大統領や大蔵大臣に会いましたが雇用の機会を増やそうとしますがそう簡単に増えるわけでもなくて妙案はなかなか見つかりませんでした。
オーストラリア留学で帰ってきた優秀な仲間が政府高官のポストを狙うことから政権も安定しなかったようです。
東京赤坂にあったナウル共和国の領事館にもよく行きましたが、領事館の子供たちは日本の生活にすっかり慣れて帰国命令が出ても帰りたくないと言いますが
領事は我が母国はナウルだからいずれ帰らなければいけないと諭す時のつらさをお話くださいましたが日本人は日本人に生まれた良さをどれだけ理解しているのだろうかと思ってしまいます。
りん鉱石を掘りつくせば資産が枯渇することはわかっていたので当時メルボルンに二棟の高層ビルを建てたり資産運用の多角化に日本に投資しませんかとアプローチしていました。
ナウル共和国は税金がなく学校も病院も無料でした。しかし人口の90%が無職で仕事の機会がなくて優秀な学生が奨学金でオーストラリアに留学しても帰ってきた時働く場所がなくて困っていました。資金運用ですから大統領や大蔵大臣に会いましたが雇用の機会を増やそうとしますがそう簡単に増えるわけでもなくて妙案はなかなか見つかりませんでした。
オーストラリア留学で帰ってきた優秀な仲間が政府高官のポストを狙うことから政権も安定しなかったようです。
東京赤坂にあったナウル共和国の領事館にもよく行きましたが、領事館の子供たちは日本の生活にすっかり慣れて帰国命令が出ても帰りたくないと言いますが
領事は我が母国はナウルだからいずれ帰らなければいけないと諭す時のつらさをお話くださいましたが日本人は日本人に生まれた良さをどれだけ理解しているのだろうかと思ってしまいます。