【ドイツ在住ピアニスト】

2022年06月11日

ビュッケブルグ歳時記 274

Eurovision Song Contest (ESC) 

 この、 ヨーロッパとオーストラリアを含む国々を対象に年に一回開かれるポップ コンテストは日本でも知られていることと思います。
 今年はイタリヤの Turin で行われ、ウクライナが優勝しました。
 この結果について、ESC は ”政治的” であって良いのか、否かという議論が活発に行われているこの頃の事情をお伝えしてみます。

 世界最大の音楽スペクタクルである ESC は1956年に開始されたのですが、その目的は、二次世界大戦で戦い合ったヨーロッパの国々が、2度と戦いをしないで、欧州全体で平和に、仲良く暮らそうということがその目的であったということです。加盟している40國が団結して、平和に生きることの喜びを謳歌しようというわけで、政治的香りをあまり感じさせないのが目的であった様に受け取れます。

 しかし1982年にドイツのニコールが歌って優勝した「ちっちゃな平和」という歌は当時の平和を思わせる政治感に触れた歌であったことと、2016年にストックホルムでウクライナのヤマナが歌った「1944」はクリム合併に触れた歌であったことから政治の影が見えると言われています。

 そしてESCにおけるロシアの活動状況を見てみると1993年から参加を許されていた東ヨーロッパの国々の第一番目として、2001年には、最初のロシア圏の国としてのエストニア共和国が、ヨーロッパへの復帰として参加、そして優勝したことが「我々は音楽を通してソヴィエット帝国から解放された」とみなされ、勝利を狂喜したということです。 

 続いて2009年にグルジア国が ”Put in Disco“ で登場しようとしたところ、折り返しの ” We don’t wanna put in „ が ” We don’t want Putin“ に非常に似ていることからグルジア国の出場が認められなかったということです。 

 そしてロシアも2008年に一回、優勝したようですが、ウクライナは2004年と2016年に二回の優勝を勝ち取ったということです。
 そして上記のウクライナ人女性歌手Jamalaは、ロシアによるウクライナ人のクリム半島追放痛恨を、2年半後に”1944” の中で歌い上げたということです。

 『今回ウクライナに優勝をもたらせた Oleh Psiuk の Rap と Folk の混じった曲、「Stefania」は母親への愛の歌なのだが、この愛を大きく伸ばすとヨーロッパになり、ウクライナはその母の子供の一人であるということになる。この母の世界、すなわち自由主義のヨーロッパにロシアの入る余地はない。入るためには ”entputiniert = (プーチン除外) “ をしなければならない。しかしこれは一方からだけ出来ることではなく、ESC同盟の国々の意見と協力が必要である』
 このような説明とともに、今回のウクライナ優勝を歓迎するとともに、ESCは政治的であるべきだとの意見に同意を示している様に思われます。

 次の年のESCは今年の優勝国で開かれるのが 条例なので、現在の戦争状態を考えると来年の開催が危ぶまれるのですがラッパー Psiuk は「新しく発展した我が国、ウクライナで開かれる!」と、楽観しているということです。

 ドイツの若い人たちもESCの政治化には半々の意見がある様です。
 改めて政治の重要さを知らされる気がします。


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2022年05月28日

ビュッケブルグ歳時記 273

Christi Himmelfahrt ー  父の日

 5月26日の木曜日はこの国では”イエス昇天の日”と呼ばれる休日です。ドイツでは法的休日のほとんどがクリスマス、イースターのようにキリスト教が基礎になっています。

 表題を訳すと Christi=キリスト、Himmel = 天 fahrt = 走行 となり、イースターに蘇ったイエスが、40日間、弟子たちのいる地上で教えを行った後に、天の父、神の元に帰った日という意味になります。ですからこのキリストの昇天日はイースターの39日後の木曜日ということになるのです。
 気候から見ると春の盛りの時期に当たります。

 日本では「父の日」と呼ばれる(休)日はあるのでしょうか。「母の日」があるのは知っているのですが。

 この国では1934年にこの日が法的休日になったのですが、それと同時この日を「父の日」または「男性の日」として祝うということを認めることになったのです。

 この様な日が出来た歴史や、その様子をお伝えしてみます。

 米國では1910年に「母の日」が決められ、その直後に父の日も決められたそうですが、曜日はドイツと違い、6月の第3日曜と決められ、1974年のニクソン大統領時代に法的休日となったそうです。この例は仏、英、ハンガリー、トルコがとり、伊、ポルトガル、スペインは3月19日が「父の日」となっているそうです。
 
 ドイツの「父の日」は、上記のように宗教観が元にあるのが少し違う様ですが、「父の日」としての中身は同じ様に思えます。
 この日の始まりはベルリン周辺の住民の男性達が、父親だけではなく、男性だけが集まって何かをしたい、との希望が大きくなったことが元で、連隊というか部隊を作って仲間達で1日を楽しみたいという発案が基だということです。昔の「紳士の会」と呼ばれた馬での乗馬会の名残かもしれません。そしてこの相談場が、あるビール会社で行われたことが「柔らかい男性行事日」となったということです。
 この「柔らかい」の意味は、昔のキリスト教宗教行列でもアルコールが、祭司によって祝別された聖水よりもモテた、ということが基礎になっていると言われているのですが、この男性の日にはアルコールが大きな位置を占めているのです。

 春の緑が濃くなった5月末のこの日には、自転車やこの国では Bollerwagen と呼ばれるリヤカーの様な手押し車に飲み物や食べ物を積んで、老若を問わない男性のグループがそこここで笑い声を立てながら、自然とアルコールを愉しんでいる郊外風景が見受けられます。
 今は男性グループだけではなく、家族を基礎とした軽い自然鑑賞日として楽しんでいる風景をみかけることも度々です。
 
 またこの日の礼拝も、山とか芝生とかの上での野外礼拝が行われるのが多い様です。金管楽器の合奏やゴスペルが奏楽です。


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2022年05月14日

ビュッケブルグ歳時記 272

市民を助ける小包!

 パンデミーとその後に起こったウクライナ戦争によって、今のドイツはエネルギー(電気、ガス、ガソリン etc.)代や食料品の値上がりが異常に高くなって、40年以来のインフレとなっているのですが、これは経済問題だけではなく社会福祉政策問題でもあるとして、四月の末に政府は国民のために Entlastungspaket = 軽減小包 を決議し、実施を始めるのです。この小包にかかる費用は15 Milliarde ( Milliarde とは Million(百万) の1000倍)ということです。
 内容を簡単にお知らせしてみます。

* 300ユーロ(エネルギー値上がりのために一括して支払われる)
  =全ての被雇用者と公務員に、9月に雇用者から月給と共に支払われる。

* 100ユーロ(子供ボーナスとして、子供のいる各家庭に)
  =7月に、持つ子供の全てに一人当たり100ユーロが支払われる

* 9ユーロ切符
  =5月にon-line で売り出される9ユーロ・テイケットでは、6、7、8月の3ヶ月間は国民の誰でもが近距離交通機関(バス、トラム、地下鉄、電車など)を好きなだけ使うことができる。この切符で小旅行もできるわけです。

* 6、7、8月の3ヶ月間、政府はガソリンの税金を30セントに、ヂーゼルのを14セントにと、安くする。

* 社会保障を受けている人たちには200ユーロが一回のみ授与される。

* 奨学金を受けている学生だけではなく、普通の学生に対しても下宿代の援助など、学ぶ者への援助も考慮されている。


(* これは Entlastungspaket の中には入らないのですが、この国では今年も年金は増額されます。東は6.12%,西は5.35%と40年以来の高い%ということです)  

 このような、国家が国民のために考えている援助の実例を見ると、デモクラシーという国民が自分達で選ぶ政治の形式に頭が下がる思いがします。
 昨年の選挙でドイツはアンペル(信号色)連合党が主権を取り、その中の主党の社会民主党のショルツ氏が首相となったわけですが、社会民主党という全部の国民、特に下層の国民を忘れない政党の政策に感心してしまいます。

 ショルツ 首相は、4月の末に首相として初めてのアジア訪問で日本を訪れたわけですが、その折りに日本のウクライナ援助(日本も武装国ではないが、ウクライナ戦争ではドイツと同じ様に武器を提供することになった)に感銘して、日独の両国は”肩を組む親友”として今後、新しい世界観を持つ世界を作り出すG7(経済主要の7国)の主要国として協力してゆきたいとの希望を表明しています。

 また新しい世界作りにはデジタル化や、二酸化炭素なしの工業に加えて、水素工業の発展に力を入れるべきとの意見を強調しています。

 まだ収支のつかないウクライナ戦争を思うと、この様な国民が選ぶ政治の良さに本当に感謝の気持ちが湧きます。 


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2022年04月23日

ビュッケブルグ歳時記 271

キエフに戦車を供給することについて・・・反対、賛成、場合によっては?

 依然としてロシヤのウクライナ攻撃が続いている現在、重装備の戦車をウクライナに供給することについてドイツ国民は政府の意向がはっきりしないことに戸惑っています。ショルツ首相は現物ではなく援助金額を増やすことを表明しているのですが、戦車や、この国で Schwere ( 重装備の) Waffen ( 武器 )* と言われている武器 の現物供給には保留の態度を崩していないのです。欧州東側の国やその他の国が既に行っている重装備武器の供給に、はっきりした態度を表わさない政府に国中が戸惑っているのです。 

 昨日は、ウクライナの次にソ連がまた社会主義国に戻そうとする可能性が強いラトビヤ国の首都リガで、外務大臣と面会したドイツの外務大臣に寄せられた第一の質問が「ドイツの重装備供給方針の行方」だったと今朝の新聞に報道されています。
 ベヤボック独外務大臣の答えは :  1. ある種の武器、例えば戦車防御武器は既に提供済み。2. その他の武器はドイツ自国の軍隊からの提供となり、これは自国軍隊の縮小となることを意味するので不可能。3. その他の武器についてはヨーロッパの国々と順繰りに提供することになっている。
 このようにべヤボック外務大臣は、現状を正確に示し、できないことを約束するのは意味のないことであるとの意見を率直に述べています。

 これに反してショルツ首相は、ウクライナ軍隊がロシア軍と戦えるに足る軍備を整える準備を手伝うのがドイツ及び同盟国の役目であるとして、救助金を多くすると表明しているのですが、武器そのものの給与についてははっきり言及はしていないのです。(これは、武器そのものを供給することは ”戦争政党” となることになるので、それを避けて援助金給与とする、ということにするのだということを耳にしたことを書き添えておきます。)
 この首相の態度についてウクライナ大使は「ドイツ政府の態度はウクライナ国民にとって苦味と失望をもたらすもの」という苦い内容のコメント を表明しているようです。
 が、現在のドイツの軍備も充足している状態ではなく、 Nato 関係の出動とかスロバキア共和国のBattle Group参加など、また万一の場合に備えて戦車のような重装備武器を手元に置くことも忘れてはならないことであるので、100台の戦車を全部ウクライナに供給することは不可能なことである。また現状は持っている戦車の半分が活動できる状態であることも忘れてはならないという内情も発表されています。

 また現在、ウクライナは USA から砲兵、戦車、ヘリコプターを給付されているし、英国からは AntiーSchiff ( 船)ー ロケット弾 、カナダからは歩兵の持つ武器を、オランダからは戦車が給与されている。これに反してドイツから給付されたのは5000個のヘルメットだけで、防護戦車もハウビツツ戦車も隊員移動用戦車も給付されていないのが現状ということも明らかになっています。

 この様にこの国は今の所、政府の意向として武器援助ではなく給費援助を選んでいる様なのですが、国民の意見としては51%が攻撃武器の給付に賛成しているとの調査結果も発表されています。 

 ドイツが武器の援助をすると、ロシアがドイツ攻撃を始める可能性もあるから、という見解も耳に入ったことも書き添えておきます。

 Schwere Waffen* と言われる武器の種類区別もよく知らないわたしなのですが、なにしろ武器による戦争は早く辞めて、言葉による戦争になってくれることを願う毎日からのブログです。 


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2022年04月09日

ビュッケブルグ歳時記 270

武器について考える世代

 第二次世界大戦後から約70年間平和であったことから、近代国の若い人たちには戦争の話は祖父母や両親から聞いたり、TV や映画で見たりしているだけで、現実感のない架空のモノであったのが、今年の二月の末から突然、現実のモノになり、戸惑取っている人も多いと思います。
 このような世代の考え方についてこの国ではどのように考えられているかを書いた一記事が目に入りましたのでお知らせしてみます。

 平和であることは、ドイツでは当然のことになっていたのだが、今回のウクライナ戦争でのロシア軍隊の為す残酷な行為を見聞きする時に出るのは「軍隊によって保守反動として戦うことは良くないこと?」という問いである。というのがこの記事の表題で、内容は次のとおりです。 

 {プーテイン首相によって二月の末から、この国の兵役義務すら知らない年代の若者に「君たちは、武器を手に君達の愛する人たちを防御するの?」という問いがかけられたのである。
 1980年以降に生まれた年代の人間は「冷間期」も知らないし、また200年前にイマニュエル・カントが解いた「永久平和」が少なくとも中央ローロッパには実現されたような時代に育った年代の若者たちでもあったのだ。デモクラシイー、自由、人権、に守られた世代で、軍隊による争いは逸話であった良き時代に育った若者たちであったのだ。 

 そして2003年にはこれらの若者の両親がイラク戦争に対しての反対デモを行ったりみどりの党を立ち上げた政治家の孫が ”Nato二重決議案”に反対するデモをしたりの軍隊拒否の平和な時代が続いていたのである。

 この時代は「兵隊」とは、”週末に駅に立って、帰宅の汽車を待っている兵隊の洋服を着た若者”となっていたのである。(この国では徴兵軍隊があった時代には週末には家に帰る兵隊が汽車を待っている情景が多く見られたのです)     

 このような平和な時代の後、今、ベルリンから24時間もかからない土地に戦争が突然帰ってきたのである。
 青と黄色の旗の下でのデモのスローガンは「Love and Peace」ではなく「Stand with Ukraine」や「Stop Putin」で、このスローガンには二つの矛盾が隠されているのだ。ロシアの残酷な軍隊に対する批判攻撃は、同時にウクライナの軍隊による自衛を認めることでもあり、両者とも軍備を肯定することなるわけなのだから。

 72年間の平和な時代が過ぎ去った後の今、若い人は「軍の威力」に対する態度というか構えを新しくすることを強制されることになったのである。擁護された社会は姿を消したのである。
 しかし「戦争のない世界を作る」ということは決して出来ないことではないし、幻影だけのユートピーでもない。死と不正を失くすということは、時によっては軍隊の力を借りることが必要というジレンマに向き合わなくてなならないことでもあるのだ。そして今の若者が このことに初めて向き合うことになったわけだが、このことの成り行きで、ここに次に来る未来の若者が「戦争のない世界」に生き得るか、がかかっているのだ。}

 このように武器の力を肯定する考え方もある一方、その反対の考え方もあることも知りました。
 50歳ぐらいの人々の集まりで耳に入ったのは「僕は白旗を掲げて、プーチンに好きなようにさせておく。そうすれば現実に起きているマサカー(殺戮)が少なくなり、犠牲者が少なくなる。そして彼(プーチン首相)の権力も永遠に続くわけではないのでそれが終わる時を待つ」という一知識人の意見も知ったのです。


aokijuku at 00:30|この記事のみを表示コメント(1)
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