イク・リスマン

2019年11月09日

ビュッケブルグ歳時記 214

「本質におよぶ問題」

 に続き、「よりにもよって教育国家とかチャンスに満ちた国として教育を誇りとする我が国が、今、教師不足という実質的挫折状態に陥っている」とのタイトルで、今メデイアを賑わせているニュースをお知らせしたいと思います。

 不足しているのは主に小学校教師で、教育省の往年の概算が間違ったための現象だということです。人口少数化時代の教師育成数をそのままにしたため、出生率の上昇や避難民の増加などによる大幅な小学生の増加に追いつけないほど、初段(小学校)教師不足になっているのです。要するに教育省の怠慢が原因というわけで、2025年までに26300人の教師が不足するとの調査結果が出ています。
 この教師不足は、現在ドイツ全国にある学校の45%が被っている災害なのです。
 ちなみにこの国の教師課程は、10ゼメスター(5年間)勉学の後、2年間の試補研修期間が必修で、医学、法律部に次ぐ長い教育期間が必要です。

 この不足補充には次のような方法がとられています。
 一番多いのが ”横入り教師”と呼ばれる、何らかの専門課程、例えばゲルマン語学、物理、政治学などの勉学は終えているが教師資格は持っていない人が、急場の教授法や教育学の講座を受け教師として教壇に立つという方策です。ベルリンでの、昨年新しく教師になった人達の70%がこの種の教師であるとのニュースには驚きました。その他、定年後のギムナジウム教師が希望して、格を落として小学校教師となるとか、ある東州(ここで、この国の教育は連邦制であることを思い出していただきます)では父兄が教壇に立たなければならないという窮状態に陥っているということも聞きます。

 この”横入り教師”についての賛否意見を書いてみます。
 この制度は学校教育に害を及ぼすか否かの質問に対して、Ya(害あり)ーーの意見を持つ46歳の教師本職のP.さんは「短期間での教育法などの急場講義が十分ではないため、”横入り先生”方からの質問が多く、助けたいとは思っても自身の問題でいっぱいの専門教師にはストレスになることが多い。また社会的下層階級の子どもの指導には向かない。この方策を続ける場合には、教育学と教授法の講座を長期にして必要事項を充分学ばせると同時に、教壇に立つ前に専門教師の授業を聴講する期間を長く持たせる必要がある」との意見です。
 Nein(害なし)ーー「”横入り教師”は 教師として一級下の救急教師ではなく、ある意味で 広範囲にチャンスをもたらす改革者となる可能性を持っている。学校とは勉強、知識蓄積の他に様々な事を学ぶ所でもあるはずだ。例えば障害児童との包含クラス生活や、外国人とか他文化との融合などを学ぶ所であることを思うと、”横入り教師”はこれらのことを指導するのに適しているのではないか。本職教師は悲観するのを、父兄は文句を言うのを、ジャーナリストは揶揄するのを止めるべきである」が、38歳のH.氏の意見です。
 
 この国は9月が新学期の始まりなのですが、わたしの通っている小学校も教師不足の影響を受けています。友だちのアナは午後からの生活指導をしている、教師資格を持たない準教育者なのですが、今年の夏休みの最後の週は、研修期間になって、休みが短くなった、とぼやいていたのです。これは、午前中に本職教師ができなかったことを、準指導者の彼女たちが午後、子供達に教えるという教師不足の被害対策であることに気がつきます。

 一国の、明日の建国は子ども達にかかっていると思うと、教師不足は、冒頭の「本質におよぶ問題」であることがわかります。教育の国ドイツの将来が危ぶまれることのないように願いながら・・・ 


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2019年10月26日

ビュッケブルグ歳時記 213

この国の消えない悩み事、Antisemitismus(反ユダヤ主義)

 数々の問題を伴ってはいても賞賛されて良いと思われる東西統合を祝っての数日後の10月9日に、旧東のザクセン・アンハルト州の首都ハレ市で一事件ーー27歳のドイツ人 B が、銃と自分で作った爆弾を持って、ユダヤ教の大祭日を祝っていたシナゴーゲ(ユダヤ教の会堂)を襲う。シナゴーゲ入口扉の設錠が強かったため、堂への侵入は阻止されたが、その後、関係のない通行人2人が銃殺犠牲となるテロ行為ーーが起こりました。この事件は大戦後70数年を経てもなおぬぐいきれないこの国の恥部、反ユダヤ主義テロとして今また世間を騒がせているのです。そしてこの反ユダヤテロは、統合後の旧東に勢いを得てはびこり出した急激右翼テロと共に、現在、この国の面している最も大きな社会問題として取り上げられているのです。

 日本でもホロコーストは知られていますから、アンチセミートテロは理解していただけると思います。このテロと右翼テロのグループ発生に、インターネットや社会のデジタル化が大きな役目を果たしているとの、興味を引く記事が目に入りましたので、読者の方々のお耳に入れたいと思います。

 「憎悪が増大すると・・・」ー ー今は、ネットの上で、右翼テロリストなる、新しい世代が誕生する時代である。人間軽蔑者たちは、ネット上で陰謀理論や武器の作り方を習い、同志を得て軍隊のような戦闘隊形を作りあげているのだーーがサブタイトルの、数名のジャーナリストによる記事です。内容は次の通りです。
 「凶悪な極右翼主義は前からあったが、2001年9月のアメリカでのテロからイスラム・テロの形が大きくなってきた。テロの実行の形も変わってきて、その形はFacebookやYoutubeや4chanや8chan などで習うことが可能で、これ等の機構からは、ほぼ完璧なテロの方法や、テロの行く道筋さえ学ぶことが出来る。4chanは27百万人が同志で、この人たちは独特な独自の言葉で通信し合っている。このような同志会合の行く末は暴力ファントムである事が多い。この人たちの反目はユダヤ人だけでなく、ムスリム、女性、フェミニスムスなどに対しても強い反対意見や敵意を持っている。この形の人間は一般社会では”落伍者”タイプとみなされることが多い。殆どが周囲の環境や人間たちと共存出来ないタイプの人間が多く、政治的な目的を持っていることは少ない。今までは避難民や同性愛者などに個人的にデジタル方式のモビングを行うという形が多かったのだが、ネットの発達やデジタル化の発展に伴い、この動きは今では組織化された憎悪のキャンペーンにまで発展しているのである。そしてこの動きは自由国が持つ「言論の自由」権によってその存在が守られているのである。この意味は、上記のFacebook や Youtubeなどの社会ネット群は国家から法的に保護されているのである。この守りはアメリが最も強く、ヘイトスピーチは犯罪とは認められないのである。このように昔は個人で行なったテロ行為が、今ではネットで組織化された構成となって、”憎悪”に向う時代になっているのである」

 この記事からは、今でもドイツ国はユダヤ人を先頭にしてユダヤ社会の保護に
万端を尽くし、少なくない経済的な援助もしているにもかかわらずユダヤ人憎悪は根を絶やさないことを知らされ、この根の深さに驚きました。そしてもっと驚いたのがネットの発達やデジタル化が社会に及ぼす悪影響を知らされたことです。

 あるコーヒー会での2つに別れた意見を思い出します。
 素晴らしい医学発展歴史に関する本を読んだ一人が「今は医学が大きく発展して、病人は治され、人間が長く生きられようになったことに感謝する」と、読書感想を含めて意見を言ったのです。これに対してもう一人は「私も同意見であるが、発展しすぎて、クローン人間を作ったり、細胞研究から歳をとる事がなくなって人間は永遠の生命を持つというようなことにならないかと心配になることもある・・」という意見を言ったのです。
 

 この二つの違う意見の話は、早い、広い情報伝達など”良いコト”をしている社会ネットしか知らないわたしに、今回のブログで読み取れるようなテログループ構成に役立っているという”悪いコト”もしていると教えてくれたわけです。
 願わくば、IT の発展と社会のデジタル化が ”良いコト” の範囲内に止まりますように!

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2019年10月12日

ビュッケブルグ歳時記 212

壁崩壊後30年


 10月3日は、大戦後ドイツを2分していた壁が崩され、東西が統合した記念日として休日です。
 長い間ソ連の支配下にあった東ドイツ国民が、武力のない革命で自由になった喜びを、壁に登って歓喜したシーンは、世界中の人々に感動を与えたことでした。この日から30年が経った今年は、統合の結果がメデイアや歴史家の間で盛んに云々されています。この問題も範囲が大きすぎるのですが、おおよそのことを皆様にお伝えしてみたいと思います。


 まず、著名な新聞が、千人の旧東ドイツ市民に行なった質疑応答調査の中から主要なものを選んでみました。その結果は次の通りです。
 1 民主主義に対しては30歳までの若い人たちは66%、60歳以上は41%が異議なく受け入れる。 2 生活の進化については、物品が豊富になり、職場が確保されたことに88%が満足。3 政治などに参与する権利については、若者は半分以上が満足、60歳以上は大半が不満足。4 両国間のお互いへの真価を認め合う感情については、 西側は東側の業績を認めないことが多いと不満。5 外交については、80%がソ連に対する外交も米国と同等にするべきであるとの意見。etc.
 この調査結果に対して西側のコメントは、「壁崩壊後30年経った今、旧東ドイツ市民は東西結合に興ざめして失望し、惨めな感じを持つ市民が多いということは実に残念である。そして、東の58%の市民が今でも国からの専制政治から逃れたという感じを持てないということから、AfD(ドイツのための選択肢党)という右派の党の東州での圧倒的勝利となり、我が国を脅かす結果となっているのも非常に遺憾なことである。
 また、言論の自由についても、昔のシステムと殆ど変わらないし、東の意見は西の世の中では意味を認められないことが多いとの意見が、年を経るごとに多くなっている。これらの不満は、60−70%の東市民が、現在西とほぼ同じになった給料や年金に満足していて生活水準への不満が原因では無いということが、再考への重要点と思われる」と書かれています。


 もう一つの例として、東出身で有名な歴史家で、今はベルリンでジャーナリストをしている52歳の K. 氏が出刷した本、”この様な道を東市民は歩きたくない”をご紹介したいと思います。
 「東西統合革命が起きた当時、若者であった我々は将来に光明が当てられたと大喜びをした。これで好きな科目を大学で学ぶことも出来ると人生の道が拓けたと思った。しかし、時が経つにつれてこの革命は、東側の人間は西側を理解しなくてはならないという、いわば西側から煽動された挑発的革命であったことがわかってきた。この様な誤解と無理な期待に満ちた革命は、我々東市民の歩もうとした道ではないことがわかったのだが、残念ながら時が遅すぎた。このことは西側だけの責任ではなく、東の市民の責任でもあるのは自覚しているのだが」


 最後にドイツ統合日に発表されたメルケル首相の見解意見を。
「今、我々に必要なのは強い団結力と、お互いを理解しようとする精励精神と、統合を全うするための自己責任感である。困難なことや不快な事が起こったときにその根元を国、すなわち政治に押し付ける傾向が広まっている今日この頃であるが、この流末は悲惨な事になると思われる。東市民は連邦国ドイツの中で一段下の等級市民である様に思う傾向がある様だが、この様な誤解は東西の市民の統合までの異なるシステムの下での人生経験をよく話し合って、相互の理解を深める事で解消すると思われる。
自由とは自己の持つ責任と深くつながるものである」


 この3つの例から、表面上では統合を成し遂げたと思われるこの国ですが、内実はまだ困難が多いことを読み取れると思います。
 わたしたち日本人は大戦後すぐに民主国家となった祖国で、民主主義の中で育ちましたが、ドイツの東の市民は長い間共産主義の中で生きてきたわけで、二つの思想の違いがこうも同民族の統合に大きな障害になるとは思ってもみなかったことです。これを無くすには、メルケル首相の言うように、お互いにとことん話し合って理解を深め、本当に平和な統合国になるように願ってのブログです。


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2019年09月28日

ビュッケブルグ歳時記 211

プラステイックごみ問題  その2


 先回お伝えした担保法による飲み物容器処理法は、その他の目的で生産される多様なプラステイック製品の中のほんの、ほんの僅かな部分の解決法です。それでもこの包装プラステイックごみが大量に海洋に漂うことになって地球を汚すことから、昨年の10月にEU議会では、2021年からストローや皿の販売を規制する法案を可決したことがニュースになりました。
 このことがきっかけとなって、この国でも今年1月1日から「プラステイックごみをゼロにする」と宣言されました。その後、環境省からコーヒーなどの飲み物の販売に使われる「使い捨て容器」の処理についてや、その他の法案が考慮されていることが新聞記事で読めたのですが、案だけで施行には至らないような感じだったのですが、9月7日の新聞紙上に「政府は、2020年からプラステイック袋の使用を禁止する」との記事が第一記事として載りました。
 主としてスーパーでの食品の買い物に多く使われた袋は、はじめは無料だったのですが、2016年から使用者の費用負担になっていました。それを来年から禁止しようとの法案が出されたのです。未だ法案が出されただけの段階ですが、市民の96%が包装プラステイックゴミを少なくすることに賛成していることを知ると、可決の可能性が大きいように思え、良いことだと思います。


 上記の「包装プラステイックごみが海洋に漂う」について、少し調べたところ、プラステイックごみは処理のために輸出されている、という驚くべきことを知りました。この輸出ということは、衆知のことなのかもしれませんが、わたしには初めてのことで、ショックを受けました。ドイツでも報道されることが少なく、庶民の耳に入る機会が少ないのかと思い、学んだことを少しお知らせしてみます。


 アメリカ、日本、ドイツの3大工業国を筆頭に、主に北の発展国からのプラステイックごみは、南の発展途上国アフリカ諸国に輸出され、輸入国で中古品として販売されたり、使える金属部品を取り出したりしたあと、焼き消却などで処理されるということです。リサイクルされるのはごく少量ということです。発展国にはその能力が未だ無いということです。
 ドイツでは毎年、国内で出る6分の1にあたる百万トンのごみを、主に中国に輸出していたそうですが、2018年に中国からの拒絶宣言で、今はマライシア、インドネシア、ヴェトナム、タイなどの南アジアの国に輸出されているそうです。
 

 この、プラステイックごみ輸出を知ってから間もなく、TVで、ガーナ国での処理状況を見る機会がありました。そこの映像からも衝撃を受けました。昔の導管テレビや、IT機械に入っているPlatineと呼ばれる床板に組み込まれている金属を取り出すために、焼却するのですが、大量に出る煙は人体に有害なもので、長い間この仕事に携わることは出来ない。これは焼く当事者だけではなく、その近辺の住民も害のある空気を吸うことになるわけです。
 また利用価値の無い家庭プラステイックごみは延々と積み重ねられ大きな壁となって悪臭を放ち、持ちこたえられなくなると壁が崩れて、大量のごみが海に流され、海底世界を破壊することになるのです。
 輸出についてはBasler協定で規律があり、最近この規律が厳しくなっているそうですが、現情には追いつかないということです。
 輸出ができなくなると、ごみの処理は生産国の生産会社の義務になるわけで、費用やその他の点で生産国の経済循環に困難が出て来るわけです。


 プラステイックごみについてこのような事々を知り、今までのように他のごみと区別して捨てることで、義務を果たしたと思っていたことが間違いだったことを知りました。
 初頭に書いたように、この問題は大き過ぎて、解決には途方もない時間や経費などが必要だと思われます。その中で市民の私たちに出来ることは、生産を少なくすることーー生産が少なければ、ごみも少なくなるわけですからーーを目的に、プラステイック製品を使わない努力をすることだと思います。2者選択(例えば買い物袋)がある場合には、買い物に行くときには、プラステイック以外のもので作られた買い物袋を持って出ることを忘れないようにしたいと思います。


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2019年09月14日

ビュッケブルグ歳時記 210

プラステイックごみ問題  その1


 標題の問題は今、地球温暖化問題と同じくらい健康な地球のために世界中が思考解決しなければならない課題になっていると思います。
 毎日の生活に、今では「あるのが当たり前」のようになっているプラステイック製品。人間の頭脳が作り出した、ある面では素晴らしい人工化学材料が、人々に便利な生活をもたらした後、還る所が無くなって、それを作り出した人間の住む地球を汚すことになったと考えると、還る所を作るのは作り出した人間の責任であるように思えます。ただ、わたしのように化学とかその他の難しいことに無知なことや、製造とその後の販売組織などにも知識が足りない市民には、廃棄物になったプラステイックの処置法を理解するのは難し過ぎる感じがするのです。
 例えば包装ゴミとプラステイックごみの差別も定かでは無いというのがわたしの状態なのですから。 
 この事をわきまえた上で、今のドイツの様子を2回にわたりお伝えしたいと思います。


 先ず、家庭ゴミとしてのプラステイックごみは、販売されている、指定されたこれもプラステイックの袋に溜めておくと、2週間毎に収集車が来て処理所に持って行ってくれます。このゴミはプラステイックだけでなく、例えばアルミニュウムのフォーリエ、ヨーグルト容器などの使い捨て器もこの中に入れます。
 横浜に住む姉の地域で、プラステイック製品を2種に分けてゴミ収集されているのを見たときには、日本は進んでいると感心したことを思い出します。ドイツの主婦には、化学合成物質プラステイックにある差別は教えられていませんから。
 

 ここで一例、日本に無い(と思われる)処理法をお知らせしたいと思います。
 ドイツでは、2003年から、容器Pfand (辞書には 担保 とあります)法が使われているのです。この規定とは、簡単に云うとアルコールの入っていない飲み物(ビールは例外)の入っていた容器は、飲んで空になった後、買った店に返還すると容器の担保代が買い主に戻って来るという法規です。
 プラステイックとガラス製の瓶に入ったビール、ミネラルウオーターなどの飲み物の値段には、それが入っている容器の Pfand の値段が含まれているのです。このことは容器に張られたラベルに、空き容器(ガラスでもプラステイックでも缶でも)の担保値段はいくらと明記されています。飲み終わった容器を返すと、相応の金額が戻ってくるシステムです。
 そのため、スーパーの入り口には鉱泉水とか清涼飲み物の瓶の返還機が置かれています。機械の吸い込み口に、用済みの空き容器を一つづつ入れると、機械が検定して、最後に総計した担保額のレシートが出てくるのです。例えば、コカコーラやファンタ瓶は一本につき15セントと全国同一の容器担保料金が決められているので、2ユーロの健康水を買って、飲み終わった瓶を機械に入れると、15セントのレシートが出てくるのです。このレシートは勿論、買い物をした時に総計から差し引かれます。一本ではなく10本の場合は1.5ユーロとなり、レジでこのレシートを出すとその分、買い物の総計額が安くなるわけです。 


 このように飲み物用の容器を、代金そのもので処理をするのは賢い方法だと思います。空いた容器を捨てることは担保金を捨てることになるので、捨てる数は少なくなるはずですから。とはいえ、街角にあるゴミ捨て籠や駅内のくず箱を、行きがかりに返還できる空き瓶はないかと漁っている人を見かけるのも度々なのですが。


 この容器担保法はスカンジナヴィア諸国以外の欧州諸国には未だ行き渡っていないそうです。アメリカ、スイス、オランダなどでは使用されているということです。
 日本のスーパーではこの容器返済機を見たことがないように思ったことと、ペットボトルの返還云々の批判を聞いたように思うので、この国での処理法をお伝えしてみました。   つづく


aokijuku at 02:00|この記事のみを表示コメント(0)
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