2020年05月09日

ビュッケブルグ歳時記 226

ある意見

 ドイツでは今週から多くの自由(社会コミュニケションや営業禁止など)を禁止するシャットダウンと呼ばれたコロナ 政策の緩和が積極的に行われています。この緩和の時期とそのスピードについて各党の意見や、各州の意見に違いが出たりで、意見の一致が見られないことなど、緩和政策に混沌としている国内状況なのですが、4月26日のベルリン刊行の新聞紙上に載った、連邦大統領 Schaeuble( 以下 (S )氏のインタビュウー記事に興味を持ちましたので、ご紹介してみます。

問い「コロナ政作緩和には「ゆっくり慎重に」と「さっさと緩和する」との2つの意見が争っているが・・・」
S 氏「政府は対象の緩和事柄を様々な点から観察して、慎重にその時期を決めるべきである」

問い「大方のヴィルス学者は、時期が早すぎるとの意見であるが・・・」
S 氏 「ヴィルス学者の意見も大切だが、強大な経済機構や社会機構や市民の心理的作用をも考えに入れる必要がある」

問い「コロナのような自然災害には政治は暗路に迷い込むのではないか」
S 氏「そうかもしれないが ”生命” を守ることが第一で、その他のものは省みないでよいということになれば、自分としては我々の憲法にある基本的権利を思い出すように要求する。そこには ”決して犯してはしてはならないのは人間の持つ尊厳である” と記されている。そしてこれは人間は死ぬものであるということも意味しているのを忘れてはいけない」(わたし個人の解釈では、尊厳が守られていれば連邦大統領個人はコロナで死ぬことになってもやむを得ない、との考えを持っている)

問い「連邦議会は、経済救助に莫大な援助金額を是認したが、これはいつまで続く
とお思いですか」
S 氏 「自分は経済大臣に助言するつもりはないが、今の状態では政府の支援で景気を元のようにできるという雰囲気が強いようだが、国家援助がいつまでも続くと考えるのは間違っている。コロナ騒動は経済・社会・政界での組織上の変化などをもたらすことで、我々はそれらへの対策を真剣に考えなければならない。またパンデミーだけを考えるのではなく気候変化や、自然破壊防止策なども忘れてなならない」

問い「これまでは、例えばフォルクスワーゲン社のシステムが最良とみなされていたが、最近になって老人または病人介護者や、売り子や収穫手助け労働者などの存在価値が高く評価されるようになったが・・・」
S 氏「良いことである。ここ十年来、貧富の差が大きくなり過ぎてしまった。消費者の負担は大きくなるが、それによってこの差を縮める必要があるのではないか」

問い「そのようなことは国家調停システムになる心配はないのでしょうか」
S 氏 「国家が言い出すと、その結果は北朝鮮のようになってしまう。しかし、我が国が数年前に行った、財政(金融)市場調整はやり過ぎだったのだ。それをこの折に調整するのは決して間違ったことではないと思われるし、同時にこれは国と経済管理と社会の関係を新しく調整するために良い機会でもあると思われる。またグロバール化ということも、やり過ぎたと認めることにもなるのではないか。自分たちがしたくないことや、受け取りを拒否する低賃金労働を外国人にやらせたという利己的なシステムの悪さも、この機会に反省し、世界はつながっているということから労働の平等を認める結果になるように努めるのは望ましいことであると思う」


 このインタビュー掲載の後は賛否両方の議論が活発に重ねられました。
 それぞれの国民が自分の意見を持ってそれを発表し、論争するという言論の自由があることにこの国の民主主義を見るような気になったことと、S 氏 のコロナ騒動を有意義に使って未来の世界状況を良い方向に向けようとする意見に感銘を受けたのが今回のブログの発端です。

 今週から始まった自粛緩和は、メルケル首相とバイエルン州の意見に反していることで、これは、もしもの「コロナ折り返し」の怖さを暗示しているように思えることも書き添えておきます。

aokijuku at 19:54│コメント(0)

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