2020年02月08日

ビュッケブルグ歳時記 220

Stolperstein  つまずき(Stolper)の石 (Stein)

 今回は、ドイツを旅行中、ある街角でふとつまずきそうになった、どちらかといえば不愉快な経験をお持ちの方もあるかもしれないと思い、その「つまずききっかけ」を釈明するブログです。

 つまずく感じのあった足元の路上をよく見ると、約10cm四方の金属製の敷石が、ときには1個、ときには数個、道路にはめ込まれていて、平坦な道をさえぎる一見、邪魔な障害物に見えるのに気がつきます。頭を下げてよく見るとこの銘板は角は丸く削られ、路面と同じ高さなので障害物体ではないことがわかります。そしてこの表面の金属面には文字が記されているのに気がつくと思います。この Messing (黄銅、真鍮)製の敷石が、この国で「つまずきの石」(以下、Sー石)と呼ばれるものなのです。 

 このSー石の由来は次の通りです。
 1990年にケルン在住のG. Demnig という芸術家が、ユダヤ人だけではなく
1000人にのぼるSinti Roma と呼ばれる中欧ジプシー族も強制収容所行きになったことへの慰霊として、この銘板を作り、許可を受けずにケルンのある教会の前の歩道に埋めたことが始まりだとされています。そして2年後の1992年には、この案に深い印象を受ける人たちが増え、アウシュウィッツをはじめ、その他の収容所での犠牲者を対象とした慰霊板として、ドイツだけではなくオーストリア、ベルギー、仏、ポーランドなどの国でもこの慰霊石が使われるようになり、今では「ヨーロッパ最大の、分権化した警告記念碑」として存在し、2019年の終わりには7万4千の銘板が道路に埋め込まれたということです。

 試行者Gemnig 氏の意向は、「強制収容所に収容されたユダヤ人はナンバーを刺青され、ナンバーとしてしか存在を許されなかった。そのような悲惨な運命にあった人たちに人間としてのアイデンテイテイを返して、故郷での安眠を与えたい」と言っています。ですから「板の表面には通常、犠牲者の名前、生年月日、収容年月日、死亡日及び場所を記す」ということです。そして「道路にはめ込んだ後の安全を保つために、この板の角を丸く削った後、コンクリートの底深いブロックにはめ込むという工程が必要で、そこからこの黄色に光る真鍮のSー石を作るのは手作業となり、工費が高くなる。現在は彼ともう一人の職人の二人で制作している。一枚の価格は120ユーロで、この費用は方々の学校からの寄附金、エルサレムの団体からも、その他の団体からの寄付金などが主な基金となっている」また「ある生徒から、つまずくということは転ぶことで、良くないという意見もあったが、自分としてはこの石の持つ「転ぶ」の意味は、足が転ぶのではなく、頭と心で転ぶという意味にとってもらいたい。読むために頭を下げることはすでに鎮魂の意味であると思うので」との見解を述べています。 

 この国では毎年、1938年にシナゴーゲ(ユダヤ教の教会)やユダヤ人の持つ店々が焼き払われた11月9日が、ナチスのユダヤ人に対する政治的迫害日として記念日になっているのですが、この日には多くの社会人有志や生徒たちがそれぞれの地域にあるSー石を磨く姿が見られるのです。 

 このSー石慰霊に対しての批判もあるようです。
 前ユダヤ協会会長のK. 女史は「慰霊といって、結局足で踏みつけることになる」として反対意見ということです。
 また、日本製の Pokemon Go という玩具が、何らかの操作を真似使用したということで、製作者の方からの批判があるようです。

 わたしはちょうど、ある日何気なく本棚から抜いて読んでいた澤地 久枝著の「私のシベリヤ物語」が、大戦後、60万人の日本人が体験した極寒シベリヤ抑留についてだったこともあり、彼らへの慰霊が心に残ったブログになりました。


aokijuku at 00:30│コメント(0)

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