2019年12月14日

ビュッケブルグ歳時記 216

宗教にまつわり・・・

 まずお詫びを書かなければなりません。数回、ブログに「キリスト教がこの国の国教」という言葉を使ったのですが、この表現はドイツでは間違っていると指摘されました。
 理由は、「国教」の意味は「その国の政治と宗教が一体である場合」に使われるのであって、ドイツのように基本法で、宗教および Weltanschauung(世界観)が政治と切り離されていて、国民は信じたい宗教を信じることができる国ではこの言葉は使われないとの忠言でした。「信じる自由」を保障されている国を思えば、自ずとわかることでした。お許しください。

 ドイツ国民の55%はキリスト教(36%は無宗教でこの傾向は増加しつつある)、5%がモスリム、4%がその他の宗教との調査結果が出ているこの国の宗教現状に興味を惹かれ、少し調べてみましたのでその結果を書いてみます。

 国としてドイツは宗教と国を隔離しているわけですが、この区別の解釈は、国家が宗教を拒絶するのではなく、反対にパートナーとして扱い、政治にも同意
を得るよう宗教機関の働きに経済的支援をするなど、非常に協力的なのです。そして社会を一体化するのにーーまとめるのに宗教は大きな力を持つとして存在を重視しています。

 そのために国は「休日」と「学校教育での宗教授業」を保障しているのです。
 ここからドイツでは、聖書にある規定から日曜は休日と決められ、仕事をしない日なわけです。ですから日曜日は会社、役所、特別な許可のない限り商店も全て閉まってしまうのです。デパートも例外ではありません。日本のように、日曜は家族の買い物日ということは、例外日以外はないのです。
 この国の休日は、数日を除いては、ほとんどがキリスト教の祝日です。数えると28日あるのですが、このうちの何日かは、ある州だけが休日で、他の州は勤務日なのです。これは州によってその州が旧・新教に属するかの違いから起こる現象で、州によって休日数が異なるわけです。
 ベルリンは宗教中立の都市州なので昨年まで一番休日が少なかったことから、今年から3月8日を女性の日として休日にしたことはブログでお伝えしました。

 学校教育では宗教時間があり、キリスト教に属する子供は新・旧に分かれて授業を受けます。つまり、子供時代の市民に宗教教育がなされているのです。また両親の意見から宗教から脱退した家族の子供達は、その学校よって異なる代わりの時間、例えば、哲学や 道徳教育 などの授業を受けることができます。また最近では増えているイスラム教の時間のある学校も多くなっているようです。

 次に、とても特異だと思われる制度がドイツにはあるのです。
「教会税」というもので、収入税の8−9ー%の税金を、教会に籍のある市民は払う義務があるのです。このような税のある国は世界でも少ないと言われています。この税は教会から脱退しない限り、収入税と同時に自動的に税務所に払いこまれるのです。勿論、この収入が教会が行なっている公共事業に役立っていることは否めません。が、高額収入のある人の中には、教会税から逃れるために脱退する人も多いようです。高給ー収入税多ー教会税高となるわけですから。
 
 前に戻って、国と教会は分かれているとは言え、この国の流れというか日々の時間や習慣の裏にはキリスト教の影が濃くあると思われます。例えば、核発電中止のための会議団の中には一牧師(か神父)の宗教者が組み入れられていました。どのような相談決定会議にでも、宗教家が必ず一人、入っているのです。

 このように「国教」という言葉は使われていないのですが、国とキリスト教が
密接な関係にあるのがドイツ国といってよいと思います。


aokijuku at 16:14│コメント(0)

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