2018年03月10日

ビュッケブルグ歳時記 174

周りを見渡すと・・・Xhevat
  

 今、教えている”世界学校” と呼ばれている基礎学校に入って来る生徒の名は様々で、書かれているだけでは判らず、耳で聞かなくては云えない(読めない、呼べない)名が度々あるのですが、標題の名もしかりで、ジェワ と読むことは彼女自身から聞きました。今回は彼女ことをお話ししたいと思います。


 この地の基礎学校(日本の小学校にあたる)は4年間で、その2年半生の時に入ってきたのです。動機は1年生の時から習い出していた友達ハナに刺激を受けて、ということでした。
 Xhevat Hoxha(姓)という名からも連想できる、少し濃い肌色に茶色の眼が際立つ9歳の少女でした。アルバニア人であることを知りました。アルバニアが昔のユーゴスラビヤであったバルカン地方の一国であるらしいとは思っていましたが、そしてボスニエンやクロアチエンとかなどの国々からの移住民がドイツには多いこともなんとなく知っていましたが、全て”大体”のことでした。
 彼女の家族もこのような背景です。ですから、家にあるのはキーボードで、ピアノがあるわけではないのです。そしてピアノ教室に必要な経費はミンデン市が持つということでした。
 レッスンを始めるとその理解力の早さに驚かせられました。勿論、指の柔軟さも充分持っていました。あっという間にハナを追い越してしまいました、連弾などで楽しめるかと思っていたのですが、2人のピアノ感覚は違いが大き過ぎました。残念ながらピアノがないので、本格的に演奏することは出来ませんでしたが。
 そうこうする間に4年生となり、進学し、Gymnasium(高校)生となりました。他の学校に進学しても、ピアノは続けてよいとの許可を世界学校は出していましたからXhevat にも伝えてありましたが、わたしの期待に反して、先ず新しい学校での様子を見てから、との両親の意見から来なくなっていたのです。
 それが2年経ったある日、「又、来ます!」 と云ってきたのです。先生の私には心底嬉しいことでした。13歳になった彼女はスラリと背の伸びた、派手な所のない好もしい半少女になっていました。そして、E.ピアノも借りたとの嬉しそうな報告もありました。


 高校での勉強は厳しいので、先ず勉強を第一にと両親に云われているので、それを守っているので、試験期になるとピアノの練習はあまり出来ないと云って、その時間には、少しづつ彼女の家庭の様子や、毎年夏の休暇を過ごすアルバニアの様子を話してくれるのです。
 例えば、彼女の家族はイスラム教徒だが、クリスマスは、ツリーなどの飾りがきれいなので家にも飾り付けるというのです。そんなことから、彼女の国について興味が湧きました。少し読んだ限りでは、アルバニアという国は宗教的にも、国情面でもさまざまな困難のあった、混沌とした国ということを知りました。オスマン帝国による占領、モスレム国となり、大戦中はドイツに占領され、大戦後は鎖国、その後、中国やロシヤの影響で共産政権国となり、毛沢東の死後1992年に非共産政権となって民主化された等々。民主化がつい最近なのにも驚きました。
 宗教もイスラム共和国であったり、中国共産政権が無信国家としたり、ごく最近、宗教の自由化がなされたということも知りました。
 彼女の育ち方は聞いてみるとずいぶん旧式に思われます。子どもの教育を重要視し、道徳面でもドイツの子ども達に較べるとずっと古風で保守的のように思えます。いい意味での古風なので、自由が強い今風との違いに考えさせられます。


 このように、あるきっかけから、教えるだけでなく、いろいろなことを教えられる時間でもあるのがわたしのピアノ教室なのです。


aokijuku at 01:00│コメント(0)

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