2017年03月11日

ビュッケブルグ歳時記 150

外交に大切な「話し合うこと」について  1


 今この国のメデイアを賑わせているのはトルコとの国際関係です。
 トルコで4月の半ばに行われる予定の選挙で、現エルドアン大統領は勝利を得て自分の権力を大きくし、トルコを独裁支配国にすることを欲念していることは、昨年の軍事関係者による暴動騒ぎとともに日本にも報道されていると思います。
 トルコとドイツの関係は、トルコのEU圏加入の参否が根源にあるので難しい関係にあり、そこへ難民問題がかぶさってきたことからその難度は大きくなるばかりのようです。
 例えば100年前に起きたオスマン帝国の支配下にいたアルメニヤ人をトルコが大量に虐殺した事件を、昨年この国の議会はトルコが犯した「民族大量殺人」であると決議したのです。また、既述の昨年起こった軍事関係者による暴動について、ドイツはエルドアンの処理を民主主義政治には適合せずとして支持しませんでした。そして先週トルコは、両国の国籍を持つ一人のジャーナリストを逮捕し、スパイの嫌疑をかけてアンカラの刑務所に留置しました。このような行為は、情報の自由権を取り違えていることだとして、ドイツ国内で批判が大きくなっているのです。
 そこへ、この国に居る1、4百万人のトルコ人の票を集めに、トルコから来る外務大臣などによる集会を、諸々の理由、火災警報機の不備など、によって禁止する事態が起こりました。この事態の対してエルドアン大統領は、「これはナチスのやり方だ」との批判暴言を吐いたのです。「ナチス」を持ち出すことはこの国の政府にとって最大の侮辱です。


 このように両国のやり様の違いから、事態は悪い方向に向かってエスカレートしているのです。そしてエルドアンの独裁支配的な野望はトルコ国の未来にとって様々な障害を引き起こすのです。経済界の取引減少によるマイナスや、トルコの重要な収入源である観光事業の不振などが見に見えているのです。そしてその終末はトルコ国民の切望するEU加入はまた御預けとなり、見果てぬ夢となるわけです。
 このような事情にも係わらず、エルドアン支持のトルコ国民は多いようです。
宗教の違いとか、西洋と東洋の真ん中にあるという地理的感覚からとか、よく判らないのですが、ヨーロッパの主張する民主主義を基礎とする基本的価値感を理解し、認識するのは難しいという感じで、トルコとドイツの2国間の接近は危ういように見えるのが現状です。


 これに対してドイツの反応はやはり2つに分かれています。即刻、国交を絶つことを主張する人達と、「話し合い」を主張する派です。メルケル首相はエルドガン大統領のナチス批判に対して「このような不条理批判にコメントは必要なし」として静観の立場をとっています。そして外務大臣は、「話し合いをしないで投げ捨てることは、戦争をすることと同じだ」として、我慢強く話し合うことを主張しています。この意見を聞くと、やはり先ず話し合いをしようとするヨーロッパ人の考え方に感心します。とくに、今、世界を見ると軍隊の姿が大きくなっているように思われます。その影には戦争が見えるように思えるのです。
 アメリカはもとより、ドイツでも軍事機種の整備拡大が言われていますし、先週はスエーデンが徴兵制度を復活させたと聞きました。北朝鮮の止まない核実験もこの中に含まれます。
 このような暗い状勢の中で「話し合い」を主張して世界の国々の平和を保とうと努力する政治に敬意を払う気になります。   つづく


aokijuku at 12:06│コメント(0)

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