2014年06月28日

ビュッケブルグ歳時記 87

歳時記 86の雑考談の補足


 前回の雑考談では、今、日本で審議されている集団的自衛権をめぐる憲法と違うドイツの基本法の取り扱いについてお知らせしましたが、基本法の成立後の改正などの実態を知りたいという声がありました。法規は難しいことが多く、正しい訳も難しいので、ある新聞記事を下地にして、実態をお伝えしてみます。


 ドイツの基本法は1949年5月に、西側の「議会評議会」と各州議会で草案が採決され、日本と同様に占領下で公布されました。東西統一後もこの基本法が維持されています。
 改正には連邦議会と州議会の3分の2の賛成が必要(日本と同じ)で、違うのは
国民投票の規定が無いことです。
 当初は軍備の規定無かったのですが、冷戦中に改正され、1956年7月、徴兵制度が決議され、再軍備となったのです。*
 改正禁止条項としては「人間の尊厳の不可侵」「民主国家」「連邦制」などの基本原則は、改正出来ないものとして挙げられていることが日本の憲法とは異なります。敗戦国のイタリヤも「共和制」「戦争放棄」「法の下の平等」などの基本原則の改正は禁止です。日本の憲法には改正禁止条項は記されていません。


 下記に、日本と違う実態を知っていただくために記事をそのまま書き写します。


〔戦後ドイツは日本と同様に占領下で新憲法が成立した。違いは、ドイツは頻繁に改正してきたことだが、「改憲」に対する考え方がそもそも違う。
 連邦議会によると1949年ー09年に244回もの改正提案があり、うち改正に至ったのは約4分の1の57回。法解釈や運用の変更ではなく、細かい手続き的な内容に至るまで条文を変更・追加しようとするため、改正が多くなるのだ。
 件法学者の多くが重要な改正に挙げるのは、NATO への加盟に伴う再軍備や非常事態法制の導入、東西ドイツ統一に伴う改正など数回だ。
 新憲法「基本法」は、戦争で自国と欧州を廃墟にした過去に学び、ヒトラーのような独裁者の再来と人権侵害を二度と起こさないことが最大の目的だった。
 そのための仕掛けの一つが「戦う民主制」という考え方だ。民主的とされた戦前の「ワイマール憲法」がナチスの独裁を許した経験から、「自由で民主的な基本秩序を侵害」する政党禁止などを盛り込んでいる。また、「人間の尊厳は不可侵である」
とうたう第一条の改正や基本権の侵害は認められていない。〕


 *の、再軍備に至る基本法改正について大まかな過程を書いておきます。
1948年 ソ連が占領地域(東独)に人民警察隊を配置するなどで冷戦状態が
      深刻化。
1950年 朝鮮戦争勃発。ここで、西側占領国々が、ヨーロッパの楯として西独  
      の再軍備を考え始める。                       
      準軍事として、志願者による国境守備隊が結成される。
1955年 西独 NATOに 正式加盟。東独ワルシャワー・パクト加盟。
1956年 7月に連邦議会で兵役義務を採決。この時の議会は連立政党。


 ここから、ドイツの再軍備は、西側の安全確保感がインパクトになっていたことがわかります。


aokijuku at 00:05│コメント(0)

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