2014年06月14日

ビュッケブルグ歳時記 86

雑孝談

 今日は最近、ドイツに起った出来事について考えたことを読んでいただきたいと思います。

1. この国の憲法記念日(日本の憲法記念日にかけてこう書きましたが、ドイツ語ではGrundgesetz で、辞書を見ると基本法(特に1949年に制定された西ドイツ憲法)とあります。基本法でも憲法でも同じようですが、後述する一件で、原則として変わることはないという、基本という言葉の意味が重要になるので、ここでは基本法と書きます)は5月23日です。この日のTVニュースで、国会での65回目の基本法記念式典を見た時には驚きました。儀式が国会議員だけで行われたのはなく、セレモニーの中心に、ケルンに住むイラン人で、作家であり東洋学者である
ケルマーニ氏(46歳)のドイツの基本法についての演説があったのです。
 作家であることからか、先ず基本法の最初の文章ーー人間の持つ尊厳は、何ものも侵害出来ないものであるーーの分析から始まりました。「基本法は国が国民を守るための条項であるはずだが、何事も侵害出来ないものなら、国家も侵害出来ないはずだが」と、言語上の矛盾を指摘しました。「しかしドイツでは、言葉の持つ権力でこの矛盾を処理し、65年間に、自由が根付き、イスラム圏からの移民の子ども達にさえ、基本法が行き渡っている。このような国は世界中でも少ないだろう」と、ポシテイブな評価がありました。
 この後、テーマが政治的になり、「私が所属するもう一つの国、イランでは未だ自由が思うままではないが、15年もしないでクリスチャンも、ユダヤ人も、ソロアスター教徒も共に生きることが出来る国になるだろう」と、イランを誇示。
 次は新基本法を真っ向から批判しました。ドイツの政策の痛い所をつく亡命避難民の保護法を批判したのです。      「6百万のユダヤ人を根絶した過去を持つ国が、1993年に16a条を書き変えたことは、基本法で政治逃亡者を閉め出すことにしたと解釈出来るのではないか」
16a は、政治亡命者全員を受け入れるのではなく、保護を要請する避難民の状態によって受け入れを制限すると書き変えられたのです。「ここで基本の意味が変えられている。『こうする』と決めた基本法では、全ての避難民を受け入れるべきではないか。基本法とは、全てを対象にしているのではないか」というわけです。
 このように、ある意味で、基本法の恩恵を受けてこの国で生きている移民の一人が、その国の基本法の記念式に褒めるばかりでなく、意見を言い、批判する演説をすることが許されるということに驚きました。今は亡命者としてドイツ国籍を与えられてはいるが、異宗教の移民に言論の自由を与えるというドイツの自由さは、本物だと認めざるを得ないのかと思いました。
グロ バール・マインドとは、こういうことかなとも思いました。


2. この間、ヨーロッパ議会の選挙があったことは報道されていると思います。
この選挙の結果に驚きました。咋秋行われた連邦議会の総選挙に新しく出馬し、僅かの議席を獲得したAfD (Alternative fuer Deutschland= 選択したい人の党の意。年寄りでインテリ階層が構成する右翼系の党で、スローガンは脱EUです)党が、ヨーロッパ議会では多くの票を集めたのです。
 数国の経済不況やEU中央銀行の低利子政策などで揺れましたが、EUの最高の功績は、「平和保持」であることを忘れた人達が多くいることを知り、これにも驚いたのです。


aokijuku at 09:42│コメント(0)

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