2011年05月21日

スペイン体験記 その9

銀行口座が開くまでの2週間、お金がないというダメージは精神、肉体に色々な影響を与えるんだなと、身をもって感じた日々でした。

この2週間、メインの食糧はリンゴでした。
時間だけは持て余していたので一番、安くて量が多いものを市場、スーパーを巡った結果、ナンバー1がリンゴでした。当時、1キロ約30円ぐらいでした。
リンゴをメインに時々、アクセントにヨーグルトを購入したのですが、よくよく考えてみるとスプーンがありません。
すっかり、スペインという国、スペイン人に対してある種の不信感を抱いていた私には宿の親父さんにスプーンを借りるという明るさもその時は持ち合わせていませんでした。

とにかく、この自分の身に降りかかっているスムーズに事が進まない出来事に対して、なるべく人との接触を拒み、ただただ、時間が過ぎ去るのを指折り、数えていました。

今、思うと、少し病気です。ヨーグルトをどうやって食べるか悩んだあげく、あのヨーグルトのふたを折り曲げて食べるのがもっともスムーズに食べられました。
しかし、あのふたの舌触りは美味しいはずのヨーグルトの味を二段も三段も落としてしまう後味がしました。
その時、スプーンという食器を発明したひとを思うと、とてつもない大発明だと思いましたし、スプーンがあるということはもう、それだけでありがたい事なんだなぁと、スプーンに対してとても感謝の念を抱きました。

こんな食生活をしているうちにこんな事がありました。
真っ暗な部屋にいても気が滅入るので、行くあてもなく外に出ていました。前方の狭い歩道に老夫婦がものすごい、遅い速度で歩いていました。普段なら、“邪魔だなあ”と、内心、イラッとしながら追い越していました。
ところが、内心、イラッというところまでは一緒だったのですが、追い越したくても
追い越せません・・・。歩行速度のギアチェンジが出来ないというか、一瞬の追い越す力がでません。自分の体が言う事をきかないのです。

その時、初めて、お年寄りの体力とはこれぐらいなんだ、と、気付きました。今まで、道を塞いでいるお年寄り全ての人に対して、“今までイラッとしてごめんなさい”と、思わず、神様に祈りたくなりました。

そして、ついに、自分も終わってしまったと感じた事がシャワーを浴びていた時でした。10分でお湯から水に容赦なく変わる安宿のシャワーでした。最初は寒い水で洗い残しを流していましたが、すっかり洗い方の順序も10分内で確立していました。

ある日、ふとシャワーを浴びている足元を見ると真っ赤でした。どこから流れてきているのか分からず、一瞬、混乱しました。流れ続けている赤い液体の出所を探すと、自分の鼻からでした。おびただしい量の鼻血がでていたのです。

流石に、ショックでした。浴槽の壁に手をつけながら悩むポーズをつくり、何か悪い病気になってしまったか、今までの自分の行いの悪さが神の怒りに触れて罰があたってしまったのか・・・

まだ、マドリッドに来てなにも始まっていないまま、自分はダメになってしまうのか・・・

と、悲劇のヒーローに浸っていた所、お湯が水に切り替わりました。
そうなると、過去も未来も憂えることはなく、ただ目の前のことに対応するのみです。物凄いスピードで洗い流して部屋に戻りました。

いつの間にか、鼻血も止まっていました・・・。

その後、空手家の先生とお話しする機会がありました。その空手の流派では一年のうちに一カ月、断食をするそうです。ハードな練習は変わらずに続けるそうで、体が慣れるまではとても辛いと仰っていました。ところが、2週間も経つと、体の要らないものが一気に宿便という形で排泄されると、技の切れ、体の軽さなど、今までの技から見えなかった部分がより見えてきて理解も深まるそうです。
そして、4週間目に入ると空腹感、体の軽さ、技の切れは鈍くなり、その代わりに体の最大の欲求として自らの子孫を残そうという欲求に変わるそうです。

その、空手家の先生の感想だと、肉体が死ぬ最後のサインだということでした。
この話しを聞いて、自分が流した鼻血は何て小さいことだったのだろうと後で知りました。

本当に上をみると切りがないし、知らないことだらけな世の中だなあと思います。





aokijuku at 00:03│コメント(0)

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