2015年10月

2015年10月27日

【From America】「ハロウイーンのデコレーション」

Halloweenアメリカのウインドゲイト緑です。

今年もハロウイーンの季節になりました。日本でのハロウイーンの普及のスピードには本当に驚かされます。あっという間に日本の大きな恒例のイベントに成長しましたね。

日本のハロウイーンとアメリカのハロウイーンの大きな違いは、日本の仮装が大人に集中しているところです。渋谷の仮装はニュースで大きく取り上げられるほどの盛況ぶりのようです。それに伴い、コスチューム、化粧、そして製菓業界も大きな売り上げを見込んでいるそうで、もう日本のイベントになっています。

アメリカのハロウイーンは、子供が仮装をして近所を回り、お菓子をもらうことが中心です。では、大人はこの時期にどんなことをするか? というとクリスマスの飾りつけを楽しむのと同じように、子供たちが訪問してくれる家の外をハロウイーンの雰囲気で一杯にすることにエネルギーを使うようです。写真
のお宅は毎年工夫を凝らしてハロウイーンを楽しんでいます。

日本でもクリスマスの外の飾りつけがLEDの普及と共に増えてきたと感じていますが、ハロウイーンの家の外の飾りつけは仮装に比べるとまだですね。
これからのハロウイーン関連のビジネスで成長するのは、家の外の飾りつけではないでしょうか? 楽しみにしています。


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2015年10月24日

ビュッケブルグ歳時記 119

開眼したこと


 先日届いたメールの中の一言を読んだとき、開眼したような感じがありました。日本の政情に疎いわたしに説明方々、発信者の意見が書いてあったのです。
「日本では今、社会思想的に岐路にあるあるという言い方が、出てきている。学生運動のSEALDsの動きや憲法学者達の動きを見て言っているのだと思われる。しかし私はsilent majority が日本を動かしているとおもっている」
 この「沈黙の大多数が日本を動かしている」という意見に、日独両国の政治の現れ方の違いが思い浮かびました。違いを書いてみます。


 今、ドイツは難民問題をめぐって社会が混沌としています。メルケル首相の、対策に厳然と接する態度は他の政党にだけではなく国民にも強い影響を与えて実行が進んでいる反面、当然反対派も出てくるわけです。こう思うことに過去の歴史が加担していないように願っていますが。                   
 数ヶ月前に書いたドレスデンで発起したPegidaと呼ばれる右翼グループは、どのような理由かなどは問わず、難民、即ち異郷人を受け入れることに反対する人達で、今、機を得たとばかりに毎週月曜日(1989年の統合日に由来)にデモを行っています。イスラム反対、外国人排斥をモットーとして、愛国心に溢れたヨーロッパ人を自称するグループは、1年前の発起の時には4百人足らずだった会員が今週のデモには2万6千が集まったと報道されたことに驚きます。ドイツ中の各地から賛同者が来るのです。
 そして、このグループを規制しようとする反対派グループのデモも同時に行われるのです。今週は1万5千人が参加したということです。この2つのグループが衝突すると暴力となり警官隊が仲裁に入ります。
 このペギダ・グループが一番表面だって避難民政策に反対を示しているのですが、この他に受け入れ地方では村長や市長にモビングや脅迫を行う行う市民も増えていると耳に入ります。ケルンでは市長候補の女性が重傷を負う暴行事件があったことは日本にも報道済みだと思います。
 このように難民受け入れに対して反対派と賛成派がそれぞれの意見を大声で主張するのがこの国です。
                                                  

 このような状況の政情の善し悪しは別として、云いたいのは独国民はそれぞれの意見を大声で表明するということです。各々が意見を持って、個人単位でも、又は同じことを主張する団体に入って主張を示すのはこの国では当然なのです。市民は黙っていないわけでです。これは政治が市民生活の中に入り込んでいて、市民のすることの一つになっているからだと思います。わたしの目には、皆が強制ではない義務のように思って実行しているように見えます。それほどこの国では政治がトランスパレントだと云いたいのです。そしてこれは民主主義の道理に叶っていると思います。市民がいろいろな意見を発表してーーこれは言論の自由に当て嵌まります、その中から最良のものを選ぶということです。国民が黙っていてはこのプロセスはあり得ないことです。


 原発再動にも、改憲にも反対する国民の数は少なくないと思われるのに、現実に行われる政治は国民の意見に沿っているとはいえない日本の状態は、政府だけの責任ではなく国民にも半分の責任があるとは言えないでしょうか。言い換えると国民の声が小さくて政府の耳に届かないのではという懸念が湧くのです。その結果、政府は好きなようにコトを決められるという状況になるとしたら、恐ろしいことです。


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2015年10月20日

【From America】「ピンクのリボン」

Pink10月は乳がんの早期発見を促す「ピンクのリボン」運動月間です。
乳がんの知識を広め、早期発見を促し、少しでも乳がんを防ごうというキャンペーンのシンボルがピンクのリボンです。

アメリカではかなり前からこのピンクのリボン運動が盛んですが、最近 日本でもこのピンクのリボン運動が少しずつ普及してきたのは嬉しいことです。
しかし、日本のピンクのリボンは企業が参加している場合が多く、まだ個人の人々がピンクのリボンを胸に付けたり、車のナンバープレートにピンクのリボンのシンボルマークを付けたり、ということは行われていないように思います。

以前は、ピンクのリボンをつけていると「ああ、あの人自身またはあの人の家族に乳がんの人がいるのだなあ」分かるため、一種の「カミング・アウト」しているような見方があったようですが、今はむしろファッション化していると言っても過言ではないほど10月になるとどこもかしこもピンクになります。
飛行機に乗ると、キャビン・アテンダントの制服は白いブラウスなのに10月はピンクのブラウスを着ている人が多くなります。女性向けの洋服、アクセサリー、化粧品会社はこぞってピンク色の宣伝を始めます。

それだけピンク・リボンのキャンペーンが浸透してきた証拠なのでしょうね。これでもっと多くの人がマンモグラフィーなどの検査を受けるようになり、少しでも乳がんを防ぐことが出来れば素晴らしいと思います。




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2015年10月13日

【From America】「食の安全」

アメリカのウインドゲイト緑です。

きゅうり食に関して日本は原発事故以来 とても敏感になっていると思います。「安心安全」と言う言葉をよく耳にしますね。見た目では分からない食品の中に人体に悪い影響を及ぼす物質が入っているかどうかというのは、消費者にとっては判断が出来ません。

食中毒というと普段思い浮かべるのは、日本の梅雨のようなジメジメと湿気が多く生暖かい温度の時に起こるような気がします。アメリカでは地方によって気候が大きく異なるために 日本のような全国一律に食中毒になりやすい季節を特定することは出来ません。しかし、季節に関係なく時々食中毒のニュースを聞くことがあります。

アメリカで一番多いのが「サルモネラ菌」です。以前にもこのブログでお知らせしたと思いますが、アメリカの鶏肉、鶏卵にはサルモネラ菌がいるので要注意の食品です。これは季節に関係なく、親にサルモネラ菌がいるから卵にも菌がいるという状態で 先祖代々 子や孫の代までも脈絡と続くサルモネラ菌です。しかし、加熱すればサルモネラ菌は死ぬ、と言うことで調理に気をつけることで対処してきています。

ところが、今回私の住んでいるアメリカ合衆国ネバダ州ラスベガス地域の「きゅうり」にサルモネラ菌が見つかり、困っています。きゅうりといえば生のサラダで食べることが一番多いでしょう。次に多いのが酢漬けのピックルスでしょうか。どうしてきゅうりにサルモネラ菌が付いてしまったのか? どうしてそれを食い止めることが出来なかったのか? 私には良く分かりませんが 困ったことです。

そういえば、日本でも報道があったアメリカ産のピーナッツ・バター事件。また冷凍の果物からサルモネラ菌が検出されたこともあり、サルモネラ菌問題は鶏肉や鶏卵、七面鳥だけではないので、加熱だけでは対処できないこともあります。一体 何をどうやって気をつけたらよいのか? 消費者としては悩むところです。

日本は世界一を誇ることがたくさんある素晴らしい国です。その一つが清潔なこと。食品に関して「安心安全」を大きく掲げている日本で、清潔でかつ安全な食べ物を毎日口に出来る幸せを再認識しましょう。日本万歳!


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2015年10月10日

ビュッケブルグ歳時記 118

統一以来25年経った今


 崩された壁の傍ら、残る壁上で歓喜に鼓舞する旧東ドイツ国民で象徴される統一情景を記憶しておられる方は日本でも多いと思います。
 10月3日が統一記念日です。この記念祭は毎年、違う州を巡って祝われ、今年はヘッセン州で、その首都フランクフルトで行われました。
 メデイアもそれぞれ、様々に今に至る経路を報道しています。巷の様子をお伝えしてみます。


 人民議会(東)と連邦議会(西)の合意で統一はされたものの、統一費の誤算のため、その順路は決して安易な道ではなかったのです。統一当事者であったコール首相が退任して社会党の首相になってようやく改革が進められ、政治、経済、社会の全ての面に向上の兆しが見え始めたと伝えられています。そして2011年の福島核災害を契機に脱原発エネルギー改革に立ち向かったことは、国民に「皆で団結してやればできるー精神」を植え付けることになったと云われています。年金、労働賃金、雇用率の面で未だ全部が東西同等には行っていないとはいえ、このような経路を経て25年後の今、統一は成功したという結論に到達したのです。統一を成し遂げたという事実は国民だけではなく、世界にも「ドイツは信頼のおける堅実な國」という像を築く役割を果たしたわけです。国民の80%が自分の国ドイツを誇りに思っているとの調査の結果が出ています。


 私が教えている学校にも2人、旧東出身の教師が居ます。その一人の先生の話で面白いと思ったことを書いてみます。「西ドイツに来て戸惑ったことがあるか」の質問に、「東で私たちは教師として自分たちの義務をきちんと努めてきたのに、そのことを認めてくれないような感じがある。東のやり方にもいい所があると思うのに、何も聞いてくれないし、知ろうともしない」この話はいろいろな例を思い出させます。「統一は西側が一人でやったことではない。人民議会員の一人一人の力があってこそ成ったものということが忘れられている」「西の案に、いつも東が従わなければならないの」などはよく聞いた気がします。
 そして感無量になるのは25年という月日の長さです。髪を切りに行く美容院で、居合わせれば切ってくれるグレダの両親も壁崩壊後、西で生活圏を築いた人達です。18歳のグレダは西で生まれて東の生活は経験していないわけです。彼女に云わせると、「ドイツが2つに分かれていたということは、両親の話と教科書に載っていて、ある期間、現代史で勉強させられるから知っているけど、私には関係ないこと。時々、Ossi(東出身者)-Wessi(西出身者)の冗談が出るンだけど、それだけ。統一記念日なんてだんだん意味が無くなると思うわ」とあっさりしたものです。10数年前には、ベルリンで働いている娘が、「皆で議論しなければならないとき、東からの人達がのって来ないので困るのよ」と云っていたのを思い出します。自由議論に慣れていない政治の形で育った人達がいたわけです。しかし、時代は確実に進んでいるのです。


 統一を成功させたドイツ、難民問題も同じように慎重に時間をかけて成功に導くのでしょうか。

aokijuku at 10:21|この記事のみを表示コメント(0)
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