2010年12月

2010年12月31日

2010年最後のブログ

真穂としみ2010年も今日で最後ですね。今年はどんな一年でしたか?

2010年元旦のブログは真穂が担当させていただきましたが、
2010年大晦日のブログもまさか担当するとは思ってもみませんでした。ありがとうございます

今年は、浜田先生のお話に始まり、公平さん、宮浦さん、池田先生、矢島さん、そして工藤先生と本当にいろいろな方にお話をいただき、とても有意義な会になったかと思っております。

来年も益々がんばらせていただきますので、お時間がありましたらぜひ足をお運びいただければ嬉しく存じます

ではみなさんよいお年をお迎えください



toshimi_maho at 17:59|この記事のみを表示コメント(0)

2010年12月30日

【青木塾便り】その81「言葉」

ラジヲを聞いていましたらアメリカで一番イライラする言葉は二年連続「どうでも良い」とのことです。
では日本ではどうか、
 「よろしかったでしょうか」、「べつに」、「だから」がベスト3と言っていました。
 テレビの国会中継で大げさな物言いや、汚い言動で罵倒する場面が続いていますが聞いていて決して感じのよいものではありません。
 アメリカの「Show and Tell]について前に触れました小学生の低学年からディベイト教育を徹底的にしますが、決して相手を罵倒すれば良いものではありません。
 アメリカでの話ですが子供の学校に事務手続に言った時、前に2,3人いたので列の後ろに並びました。そのときアメリカ人の子供がさっと割り込んできました。列の間隔があいたのでそのような行動に出たのでしょうが、そのとき事務方が厳しくその子供をしかりました。そのしかり方がかなり厳しかったので何故か脳裏に焼きついていました。前から待っている人のことを考えなさいと諭していました。子供が行っていた小学校が公立ですがレベルの高い学校であるためしつけもしっかりしているのか分かりませんが。
 尊敬するH弁護士によるとどうしたら裁判長を味方に付けるかを常に考えて発言するそうです。相手をやっつければそれで好ではなくいかに裁判官に好印象を与えるかが勝負とか、いつもこのようなお話をして下さるのでHさんに感謝。
 長いこと掲載させていただきました青木塾便り、主としてアメリカであった人、経験を紹介しましたが今回を最終回とさせていただきます。いろいろとコメント等頂きありがとうございます。
 青木塾長から続いてコラムを書くように言われましたので新年から構想を新たに始めたいと思います。

皆様よいお年をお迎えください。   感謝


aokijuku at 00:01|この記事のみを表示コメント(0)

2010年12月29日

手紙

手紙をもらうとうれしいのはわたくしだけではないと思う。最近は寸時に情報が世界中をかけめぐり簡単に情報が得られ連絡ができるようになった。
 そのせいもあって手紙を書く人も少なくそんなわけで手紙をもらうことが少なくなった。その相手が心を傾けて書いた手書きの文字から何故かその人の心情が伝わり現実に対話しているような思いさえするのが手紙である。

 古書市にはときに様々な手紙やハガキ、原稿などが何十年ものときを経て人の前にさらされることがある。電話がどこにでもなかった時代、用件のみ書かれた電報のような簡単な文章、有名な作家の借金依頼の手紙、礼状、消息などその中から様々な人生模様が浮かび上がる。生なましい息ずかいがきこえる。

 私も電話で話をするのが苦手であまりにもビジネスライクになってしまうので手紙をよく書く。手紙を書いても返事をいただけないことが多いのは何故か
日本であり海外の人はだいたい返事をくださる。何年も前、ドイツの大統領であったヴァイツゼツカー氏に手紙を書いた。無謀にもケーテ、コルヴィツツ展のカタログに文章を書いてほしいと依頼したのだ。返事が来るとは思わなかったわけではないが少しは期待感があり秘書の方から返事らしきものが来たときはさすがにうれしかった。
 大統領は今忙しくてご希望にそえない、しかし展覧会の盛況を祈ります、、、とのお断りの手紙であった。ヴァイツゼツカー大統領がドイツ降伏40周年の年1985年5月に「荒野の40年」と題しての演説は有名である。ドイツの行った様々な非人間的な行為を戦争責任として公にされた。この演説は永井清彦氏の翻訳で岩波書店からブツクレツトとして出版されている。

展覧会「響き、音楽と絵画のはざまで」 
005来年の1月15日まで作品の内容を変えながら展示している展覧会「響き、絵画と音楽」にロバート、クラウダーさんの作品が2点出品されている。小さな木版作品である。展覧会の会期中、12月8日にクラウダーさんが亡くなられたとの連絡があった。
 生前、クラウダーさんから何回か手紙をいただいた。今「The Letter 」 と言うタイトルのクラウダーさんの木版作品を展示してある。彼の詩集、The Blue Furoshiki のなかで彼が銀座に近いところにある”はいばら”と言う店で美しい手漉き和紙の便箋を見つけたときの感激を詩に詠っている。

 本当に日本を愛してやまなかったクラウダーさんだつた。

 


aokijuku at 10:53|この記事のみを表示コメント(0)

2010年12月28日

【From America】「大晦日の過ごし方」

アメリカのウィンドゲイト緑です。
日本の大晦日の過ごし方は、年越しそばを食べる、除夜の鐘を打つ(または鐘の音を聴く)、12時を過ぎたらすぐに初詣にでかける、など様々な行事としての過ごし方がありますね。或いは、コタツに入ってみかんを食べながら紅白歌合戦をTVで見る。主婦は、紅白歌合戦は耳で聞くだけで、台所で忙しくおせち料理をお重に詰める。等など。これは全て一年に一度の大切な日、元旦の祝いの準備として位置していると思います。

大晦日のことを英語ではNew Year's Eveと呼びます。クリスマスの前日を Christmas Eveと呼ぶのと同じで、大切な日の前の日です。

さて、アメリカの大晦日の過ごし方は、日本のように元旦に続く準備の日のような過ごし方とは違います。12月31日の夜が大きなパーティーの日になり、12時に大騒ぎをしてシャンペンを飲み、1月1日は二日酔いを治す日という感じです。つまり、ピークは12時の日付が変わった瞬間で、1月1日に何も特別なことはないのです。アメリカ各地ではそれぞれ趣向を凝らして、12時のカレンダーが変わる瞬間を祝いますが、中でも有名なのはNYのマンハッタンにある大きなボールが上から徐々に降りてくる光景でしょうか。12時になるまでのカウントダウンは皆が声を揃えて数えます。その瞬間には大きな紙吹雪が舞って、街は大騒ぎのお祭り気分でいっぱいになります。日本のTVでも、世界各地の元旦を迎える瞬間を生中継で放送していますが、世界中を見回しても日本のような厳かな除夜の鐘の音と神社仏閣の風景とは正反対の雰囲気です。

Strip-new year私の住んでいるラスベガスでは、12時になった瞬間にカジノホテルが立ち並ぶストリップで花火が打ち上げられて、このお祭り騒ぎの気分を盛り上げてくれます。私の大晦日の過ごし方はアメリカ流ですから、夜の7時ごろから友人宅のNew Year's Eve partyにでかけます。女性はシンデレラ姫のようなティアラを頭に飾り、テーブルには紙で出来たラッパ(12時に大きな音を出すため)や中に紙吹雪が詰まったクラッカー(紐を引っ張るとパーンと音がして中から紙吹雪が飛び出します)などが用意されています。ディナーが終わった後は、皆でゲームをしながら12時を待ちます。12時少し前には、コートを着て庭に出て、遠くに見える花火の打ち上げを待ちます。手にはシャンペン・グラスを用意し、12時になったらラッパを鳴らしたりクラッカーを割ったりして皆でお祝いをして、パーティーはお開きとなります。

日本ではクリスマスが楽しいお祝いで、お正月は家族で過ごす厳かなお祝い。宗教的な意味を感じる度合いは別としても、殆どの日本人が初詣に行くでしょう。一方、アメリカではクリスマスが宗教的な意味を持つお祝いですから、教会の礼拝に参加した後、家族でクリスマス・ディナーを囲む。この時には食卓でお祈りをするのも普通のことでしょう。そして、大晦日は友人たちと楽しむお祝い。全く正反対ですね。

日米の違いは理解しているつもりですが、私にはやはり日本の厳かなピリッとした身の引き締まるお正月の過ごし方が懐かしいです。

midori_windgate at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年12月27日

【明日の世界】No.52「不登校生」その2

Nさん簡単にあきらめないところがウイーンで学んだ一つかもしれません。
子供ミュージカルに関心あるところはどこかインターネットで調べましたら静岡が浮かび上がりました。そこでNさん静岡市に電話したら話を聞きたいとなりました。
 青年会議所が話を聞いてくれて、PTAとタイアップして市内の小中学校にミュージカル出演者募集となりました。ポイントは不登校生大歓迎としました。
 オーディションを受けた子供全てを一次審査合格としたところがウイーン流と言うかN方式と言うかとにかく合格したとなったら不登校生に変化が現れました。TVの向こうの世界が自分の世界になってきたからです。
 二日間の講演にはお金もかかります。静岡市も青年会議所も市内のの商店街も協力してくれて600万円が集まりました。最初は脚本代にもお金がかかります。二日間四回の講演が無事終了しいましたが
なんと不登校生の四分の三が見事に回復したそうです。ミュージカルにトライすることはそれだけインパクトがあるようです。
この春に港区も静岡の応援を得て同じミュージカルを演じましたが静岡のスタッフも応援してくれて大成功しました。静岡からの出演者を呼ぶに当たって貸し切りバスを一台チャーターしましたがここにも工夫があって、
終わったらデズニーランド行くことで気持ちよく父兄がお金を出してくれたそうです。
 全国に不登校生が12万人いるそうですが、Nさん方式で75%治るならこれは大変なことです。問題は関係者が聞く耳を持つかです。Nさん方式を普及するべく我々も応援したくなるところです。


kiyoshi_kawabe at 00:00|この記事のみを表示
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