2010年11月

2010年11月25日

【青木塾便り】その76「教育について」その1

 先日脳学者の茂木健一郎さんのお話を聞きましたがトイック980点取ったからすごいと言われますが、それではその人に英語でさぞやビジネス出来ると思いきやまったく期待はずれのケースが多い。語学が出来るのとビジネスが出来るのとはまったく別と言われました。
 
 猪瀬直樹さんの「東京の副知事になってみたら」になるほどなることがありましたのでご紹介させてください。
「論理的か否か、
他者との対話が出来なければ、外国でのビジネスも、いや外交すら出来ない。試されているのは英語力ではなく日本語力なのだ。活字離れ対策とは、読書力、対話力、言語力、そして歴史認識、その全体を如何に再構築するかと言うことである。
 グローバル化した社会では、価値観の共有が期待できないと認め、それを前提としてなおかつコミニケイション力をつける能力、技術が求められるのだ。」
 小生の三人の子供が2年生、1年生、4歳で最初の赴任地ニューヨーク正確には隣のニュージャージ州のフォトリー町にすみましたが小学校で日本語も出来るバイリンガルの先生がいてフルに面倒を見てくださいました。その予算だけでも膨大になると思いますが教育に対する考え方学ぶところ多々ありました。続く


kiyoshi_kawabe at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年11月24日

「黒と白のピエタ」

ドイツの生んだ世界的な画家であり版画家であるケーテ、コルヴィッツの生涯がいま京浜協同劇団によって上演されることになった。

001タテケーテ、コルヴィッツ{ 1867−1945 }はドイツの生んだ秀でた芸術家の1人である。第一次世界大戦、第2次大戦の激動の時代を背景に生きたコルヴィッツは
権力に屈することなく弾圧下にあつても未来を信じて疑わず作品を作りつずけた女流画家であった。コルビッツの美術館がベルリンとケルンにある。

ある若い女性が20年前に銀座の小さな画廊で見た作品にショックをうけた!
コルビッツの「パンを!」という作品だったという。その画廊は秀友画廊だったという。貧しくておなかのすいた子供が母親の裾を引きパンをねだる作品である。そして20年後にあたためてきたものを戯曲にしあげた。
004

その方は和田庸子さん。展覧会を見た2年後に生れた娘さんの名前を「けゑて」と名付けられたという。和田さんが脚本を書き劇団民芸の若杉民さんがケーテ役を演ずるという。演出を担当されるのが東京芸術座の杉本孝司氏、この方の紹介文には「貧しいものや弱い者、女性、子供などをモテーフにして取りあげた芸術家がいた。そういう芸術家がなぜ生まれたのか、どうやって作られたのか、など脚本を書いた和田さんの視点から見たケーテ像を描いています。それを現代につながるようにしています。人々の日常生活と芸術の関連性を描ければいいなと思います。」003タテ

ユッタ、ボーンケ、コルヴィッツからの手紙 
ケーテの孫であるユッタに1990年に私どもで制作したコルヴィッツ展の小冊子をお送りした。1991年1月にドイツ語で書かれた丁寧な礼状をいただいた。それを当時宮城県立美術館の学芸員であられた西村さんに翻訳してもらい手紙の内容を次のカタログに掲載した。
 その中で「あなたが集められた作品の多さや内容には深い感銘をうけています、もちろんこれらの作品が日本でどのように受け入れられ、美術作品のどの側面に、もしくはその主題に、、特に関心が寄せられているのか興味をひかれる点です。」ヨーロッパでは知られているコルヴィッツが東洋の小さな国日本で紹介されていること自体、不思議だったのかもしれない。

京浜協同劇団とは、、地域に根ざして50年 
川崎市にある劇団のけいこ場は小劇場にもなっている。
 連絡される方は電話番号・044−511−4951
 メール・keihinkyodougekidan@nifty.com


aokijuku at 00:09|この記事のみを表示コメント(0)

2010年11月23日

【From America】「感謝祭の七面鳥」

pumpkinアメリカのウインドゲイト緑です。

アメリカ独特の祝日にサンクスギビング(感謝祭)があります。これは毎年11月の第四木曜日になっているため、日にちは決まっていません。ちなみに今年は11月25日が感謝祭に当たります。

感謝祭のメニューはパンプキン・パイと七面鳥の丸焼き、と決まっています。様々な移民が混在するアメリカで、一年に一回、全米の人が同じメニューの食事をする、というのは日本のお正月に食べるおせち料理に似ているような気がします。七面鳥の丸焼きは各家でその焼き方の秘伝があり、祖母から母へ、母から娘へと受け継がれて行きます。感謝祭のデイナーには家族や親族、友人たちが集まって大勢で食事をしますので、その人たちのお腹を満足させるためにはかなり大きなターキーを焼く必要があります。スーパーで見かけるターキーは20〜25ポンド前後が多いでしょうか。25ポンドのターキーといえば約11キロですから、アメリカの家庭のオーブンがどうしてあんなに大きいのかも納得が行くでしょう。

その大きなターキーのお腹の部分に詰め物を入れて焼くのが典型的な焼き方です。中までちゃんと火が通り、しかも胸の部分の肉がパサパサにならないように焼くというのはなかなか難しいものです。正当派のターキーの焼き方は先ず高温で周りを焼き、次に温度を下げてじっくりと中まで火を通します。時間が経ってこげ色が付きすぎてきたら、アルミ箔で覆うとかチーズクロスをかぶせる方法が料理の本には書かれています。しかし、料理の本の通りに上手く行かない事が多いようです。それで上手くいかなかった時の主婦の工夫が口コミでいろいろと広まります。どれにも皆それぞれの創意工夫が凝らされています。

1.ターキーを上下ひっくり返して中まで火を通す方法。
2.オーブン・バッグと呼ばれる袋に入れて蒸し焼き状態にする。
3.前日の明け方からターキーをオーブンに入れて5〜6時間低温でじっくりと焼く。
4.最近、紹介された方法はターキーを油で丸揚げにする方法。

この油で揚げる方法は、勿論家庭のガス台の上に揚げ鍋を置いてなどというレベルでは手に負えないほどの大きさのターキーですから、特殊な鍋を使って庭で揚げるのです。しかし、キッチンでの揚げ物でさえも時には火事になることもあるのですから、この方法、実はちょっと危ない方法でもあるようです。それに揚げるというのはヘルシーではありませんよね。多分、一時的なブームに過ぎず、結局は本来のオーブンで丸焼きにする方法に落ち着くと思われます。

ここにご紹介した方法以外にも様々な方法があるようで、各家庭の秘密です。なんだか日本のおせち料理の黒豆をやわらかく煮る秘伝の方法に似ているような気がします。おばあちゃんの知恵が受け継がれたおせち料理と感謝祭のターキー。どちらも家族の温かさがこもっていると思いませんか。

ハッピー・サンクスギビング!


midori_windgate at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年11月22日

【明日の世界】No.47「お米のお話二題」

世の中仕事も待っていてどんどん来る時代ではありません。お米一つとっても創意工夫が必要です。

その1: 町田地域でHPのお仕事をしている方から聞きました。
町田のお米屋さんAは4軒のお店を持っています。お店には高級佃煮、お酒もあってお米を買うついでに購入する方が多いのです。ちゃんと仕掛けがあってHPに美味しいご飯の炊き方、ご飯にあうおかず等が案内されています。HPにお金をかけても良いとする考えが基本にあります。HPを作成するほうもお米に関して勉強しないと消費者を満足させることは出来ないと日々勉強するようです。

その2:
今ではすっかり普及した無洗米は1980年代に出始めて、90年代にブレークしてその発案者は売り上げ180億円まで行きました。特許は取れませんが意匠登録で先行者利潤を得ました。無洗米は加工食品として取り扱いされてどこでも売ってよいとなりましたがそれまではいろいろ規制がありました。そうです法律が変ったことをすぐ活用しました。丁度FAXの普及でご案内も注文も容易にできるようになってきたことも味方になりました。一見工夫のしようもないお米でもいろいろあるものですね。


kiyoshi_kawabe at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年11月21日

旅客機のドアはいつも左側が開く理由

最近、地方への出張が増え飛行機に乗る回数が増えました。もともと飛行機少年だった小生としては、全然苦痛にはなりません。
先日、前から不思議に思っていた「なぜ飛行機の乗り降りは必ず左側のドアからなのだろう?」を調べてみました。

 実は、左から乗り降りするようになったのは船にならったからだそうです。
船は、スクリューの回転方向の関係で、左舷から接岸するほうが適していたため、それが習慣となったそうです。そして飛行機もそれにならい、左から乗降するようになったようです。

その後、船体を横に動かすプロペラ装置が開発されると、船は左右どちらでも接岸できるようになりましたが、飛行機のほうは、その船の乗降の習慣が残ったそうです。

aokijuku at 00:03|この記事のみを表示コメント(1)
月別の記事一覧
最新コメント