2010年02月

2010年02月24日

私の好きなアーテイストー3 前衛に挑んだ画家 神谷 信子

asano 20100224神谷 信子は1914年に香川県善通寺でうまれた。その後,一家とともに東京に移り住み1932年、実践女学校卒業、東京府立第十高等女学校の教諭となり国文を教えながら東郷 青児らが指導する研究所で絵画の指導を受け本格的に画家としての道を歩みはじめた。

戦前の女流画家たちの活躍と苦悩

 戦前の日本では女流画家たちの活躍はとても制限されていて、女子美術学校をのぞいては女性が美術学校にはいることはできず美術団体でも男性主導でありなかなか会員になれなかつたという。そのため、戦前の女流画家たちの紹介が永い間、男性の影にあつて美術市場でも正当な評価がなされず忘れ去られている人が多いのである。
 神谷 信子は1943年に浅草で有名な神谷バー「神谷酒造」の4男、六弥と結婚し久我山に住んだが1944年に夫が召集され、1947年戦病死との知らせがはいる。その後、秋田県出身の画家広幡 憲に心酔し同棲するがそれもわずか1年半の後、広幡の不慮の鉄道事故死でおわることになる。

 その後の彼女の消息があまり知られなかつたが1968年ころにはニューヨークで絵を描くかたわら絵画の修復の技術を身につけ主に東洋美術品の修復に携わつていたという。
 私の画廊で2000年11月に回顧「神谷 信子の世界」と言う展覧会を企画した。木版が多くこれも多色版画で曼陀羅を思わせる新しい表現の作品で油彩も実に鮮やかな色彩でユーモラスな表現は新鮮であつた。
 「時刻表2万キロ」で知られる宮脇俊三氏は信子の実弟であり、展覧会を企画した折、何回かお会いして信子の話をおききした。
 1983年には病を得てニューヨークから帰国し療養し再起を期したが病が悪化し、1986年に死去した。

戦前、戦後の女流アーテイストの検証

 栃木県立美術館の特別研究員であられる小勝 禮子氏による展覧会が2回にわたつて企画され今まであまり知られてこなかつた女流画家たちの作品と人となり、、の紹介がされ大変貴重な展覧会でした。そして充実した素晴らしいカタログを私達は手にいたしました。

「奔る女たち」展  2001年
 戦前の1930年代から戦後の1950年代までに活躍した女流画家たち46人、
 の作品138点の紹介
「前衛の女性」展1950−1975   2005年
 1950年代の先駆者から1970年代の新人作家たちの作品220点の紹介


aokijuku at 11:45|この記事のみを表示コメント(3)

2010年02月23日

【From America】「卵にサルモネラ菌」

eggs 01アメリカのウィンドゲイト緑です。
日本の代表的な料理に「すきやき」があります。すきやきを食べる時には必ず生卵を割って、その中に肉や野菜をつけて食べますね。また、和食の朝食にはよく生卵がついてきます。「卵かけご飯」は私の大好物です。

さて、アメリカでは残念なことに上記のようなものが食べられません。なぜか?というと米国の生卵にはサルモネラ菌がいるので、よく火を通してからでなければ安全に食することが出来ないのです。どうして生卵にサルモネラ菌がいるのでしょうか? それは親である鶏にサルモネラ菌がいるからなのです。こうなると「卵が先か? 鶏が先か?」などという愚問にたどり着きそうですが、一体、いつ頃からそうなってしまったのでしょうか? 今となってはアメリカの鶏肉も生卵も完全に汚染され、それはもう取り返しがつかないほど広がっています。

解決方法はないのでしょうか? このサルモネラ菌を一掃すべく、全ての鶏と卵を捨ててしまって完璧に鶏小屋を掃除して、清潔な状態で飼育をやりなおせば良いではないか? と素人の私などは考えますが、それは経済的なことを考えると無理なことなのかもしれません。

従って、鶏肉を扱う時には細心の注意を払います。先ず、鶏肉を冷水でよく洗うことです。次は鶏肉専用のまな板を使い、鶏肉を触ったあとはよく手を洗う。鶏肉調理の準備をしたキッチンのカウンターは除菌効果のあるスプレーと紙タオルでしっかりと清掃します。鶏肉を料理したときには、必ず火が通っていることを確認してから食べます。鶏肉がピンク色ではまだ危ないということです。これは鶏肉だけでなく、感謝祭に食べる七面鳥も同じことなので、ターキーの丸焼きの準備は、先ずこの除菌が大変です。ターキーのお腹の中まで冷水をよくかけて洗い、更にはレモンを何個も使って酸で念入りに除菌します。感謝祭のディナーで食中毒患者が出ては大変なことになります。火が完全に入ればサルモネラ菌は死滅すると言われていますので、アメリカでは消費者が自己防衛をする形になっています。

しかし、私は時々無性に「卵かけご飯」が食べたくなります。炊きたての白いご飯に生卵をかけて食べるあの味は、うーん、やっぱり日本の味です。日本帰国時には友人がわざわざ「名古屋コーチン」を送ってくれて「ご馳走」にありつくこともありますが、日本の卵はどれも清潔で安全です。帰国中は安心して日本の味を満喫します。また、大好物のチョコレートムースですが、私のレシピは卵の白身を泡立てて作る方法なので、こういった生の卵を使う料理のレシピは全てアメリカでは作れないという不便さが出てきます。料理番組などでは、新しい卵なら大丈夫、老人や子供は危険だが普通の人は大丈夫と強調し、全ての卵が危険なのではないと言いますが、どこまで信用すればよいのか??? 食いしん坊の私も、さすがに命の危険を冒してまで生の卵を使った料理を食べようとは思いません。

日本の皆さん、何気なく食べている生卵。実はとても貴重なご馳走であることを再認識してください。生卵や鶏肉にちょっと火を通した「たたき」などという料理が食べられるようにして下さっている日本の鶏卵業者さんに感謝しましょう。そして、どうぞ今後も日本の卵と鶏肉がサルモネラ菌に汚染されないように努力してくださいますことを切に願います。



midori_windgate at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年02月22日

【明日の世界】その8

「知人の生きがい」
彼はまじめ人間で定年まで鉄鋼系商社に勤め、その後の嘱託生活も無事勤め上げて我々との月一回の囲碁の集まりを楽しみにしておりました。毎日規則正しく起きる生活から開放されて初めのうちは開放感をエンジョイしておりましたが、そのうちなんとなく顔のつやがなくなってきました。半年ぐらいたったころですか肌のつやが戻ってきました。明らかな変化が出てきました。
聞いてみると町内会の会長さんから近くの某航空会社の女性アテンダントの独身寮から週一回の管理人(規則で管理人も週1回お休みしなけれならいので代理人として日曜夕方から月曜まで24時間勤務できる人)を探している話があったので引き受けてやっているのだとのことです。まじめな人柄が町内会会長に認められて今生活のリズムが戻って来ました。宅急便の受付とか、セキュリティーの確認とか結構忙しいといきいきと語ってくれました。チャーミングな女性の園で仕事できるなんてこんな幸せはありません。いつまでも生きがいを持つことは大切ですね。


kiyoshi_kawabe at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年02月21日

硝酸態窒素 1

2月10日の青木塾では、久しぶりに「受け売り聞きかじりコーナー」をお話させていただきました。今回は「硝酸態窒素」にしました。内容に関しては、今後なるべく分かりやすくブログに書いてゆこうと思いますが、農林水産省のホームページでも十数ページに渡って書かれています。(農林水産省のホームページでは「硝酸塩」と呼んでいます。
http://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/syosanen/
を一度ご覧になってみてください。
基本的には人体に良くないと言いつつ、悪いことが完全に立証されているわけではなく野菜を食べるメリットのほうが大きいとしつこく書かれています。タバコに関しても数年前まではこういう扱いだったと思いませんか?私は硝酸態窒素の問題は、ちょうど地球環境問題と同じと思っています。産業の発展とともに有害大気物質が増え、これは確実に悪いものなので、規制をして減らしました。が、同時に排出されるCO2は産業の発展に比べればいたしかたない事と目をつぶってきました。しかし、CO2はだんだんと無視できない物となり今では大問題となっています。一方、農産物に関しても、農薬漬けによる栽培は確実に悪いものなので厳しい規制がされました。しかし、EUではすでに規制されている「硝酸態窒素含有量」は日本ではまだ規制されておらず、先の農水省のホームページのような扱いになっています。しかし、いずれCO2のように「硝酸態窒素」は問題になります いや、すでに問題になり始めています。
次回から何回かに分けて硝酸態窒素についてお知らせしたいと思っています。


aokijuku at 19:49|この記事のみを表示コメント(0)

2010年02月20日

CC上司

年に数回ブログに穴が空きそうな時に小生の楽曲の詩を掲載することには了解したものの、昨晩島根県に出張中との青木さんから電話をいただき、さらに一つ歌詞を掲載させて欲しいとのこと・・・。前回掲載させていただいのが2週間前なのでこの分では連載になりそうである。
本当かどうか確認する術もないのであるが、前回の「今サラの8割」に共感いただいた方がおられたそうで、是非今回は「CC上司」を掲載させて欲しいとのことでした。このCC上司は十年ほど前にメール連絡が定着し始めた際に間近にいた上司を揶揄して歌ったものです。現在でも必ず蔓延しているタイプの上司のはずです。

CC上司  

  確かにあなたから 伝えられたプロジェクト  
  あなたの発案じゃなく きっと上司からの命令
  あなたにしてみれば 久々の大仕事  
  失敗したときの言い訳 きっともう用意できてる
  どこから手をつけて ゆけばいいのかわからず 
  あなたは丸投げして 雑用に逃げたよね

    部下に任せた責任 取りますよと かっこつけるけど
    あなたは何も わかっていないのだから 何もできなかった
    あなた以上に みんな知ってる

  
  あなたは長として 確かにいろいろみていた 
  面倒見た訳じゃなく そっと陰から見ていた
  やたらと会議を 招集するけど  
  あなたのための報告会 建設的な指示はない
  助けてもらうこと 誰も期待はしていない  
  聞いてはいなかったと スネられると面倒

    Toであなたにメールを入れるほどには 頼っていないし
    Bccであなたに入れるほどは 信用もしていない
    だからあなたには いつもC.C


  成果が出てくると あなたも現れる  
  何度も同じ事聞く そのたびイチから説明
  些細なディテール 指摘しながら  
  あと付けの評論 そして自己満足してる
  いま自慢をしても すぐにボロが出るから 
  老後の作り話に とおっといてください

    あなたを飛び越して 進めてきたので 結果はオーライ
    部外者に話せる自慢話は あなたに差し上げます
    だからこれからも 邪魔はしないで

    偉い人を知ってると 自慢されても  使えなきゃ意味が無い
    立派なご意見を おっしゃいますけど  評論家の受け売り

    Toであなたにメールを入れるほどには 頼っていないし
    Bccであなたに入れるほどは 信用もしていない
    だからあなたには みんなC.C

    C.Cメールから やたら返信しないで・・・。



aokijuku at 00:05|この記事のみを表示コメント(0)
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