2019年02月03日

目と耳を塞がれて 2

前回、銀行の待合室でイヤホンをしながらゲームをしている人が、順番が来た呼び出しに気付かない話を載せましたが、このブログを見てくれた何人かの友人も同様なことで困っているとのことでした。

一人は歯科医の友人。それほど大きくない医院なので受け付けの女性が苗字を呼んで知らせるそうですが、イヤホンをしてゲームに夢中の患者さんはなかなか気が付かないそうです。
また焼肉店の店長をしている友人は、ウエイティングリストの苗字を書いてもらい順番が来て苗字を呼んでも反応がなく、次のお客さんを案内してから現れて苦情を言われることも多いようです。

更に薬局に勤めている知人からは、イヤホンとゲームをしている人に限らず、お年寄りは視力も聴力も弱ってきており、呼び出しをしても気付かない人も多いとか。


一番の解決策は、量販店やサービスエリアのイートインコーナーで配布される、バイブレーション付の札を持たせるのが良いのでしょうが、紛失など管理も結構大変のようです。

いずれ、スマホとは別に「腕時計のようなブレスレット」を全員が身に付けて、受付で登録すると、受付からの信号でブレスレットが反応してバイブレーションで知らせてくれるようなシステムができるのだと思います。

もしかすると、それはブレスレットではなく、人体埋め込み型のICチップかもしれません。

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2019年01月31日

ブログ19-5

イチゴ農場

アメリカとメキシコの国境に壁をたてるたてないでさわがれています。
その昔山一ロスアンゼルス支店長の時、事務方を一人採用することになり、面接したのが親がロスから40キロ南にイチゴ農場経営の日系 mさんでした。見渡す限り小山全体がイチゴ 畑で管理ピークどきには100人以上メキシコからの不法移民にたよつていました。壁を建てられるとこのように困る人たちもいます。

採ったイチゴは三日かけてNYにはこびます。

イチゴ王が客になれば支店の成績も飛躍するとおもつたのですが事務責任者からいわれました。大学を卒業している彼女がまったく数字に弱く、結局3月でやめてもらいましたが、イチゴ王との夢の関係もおわつてしまいました。



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2019年01月29日

【From America】「ロボ・コール」

アメリカのウインドゲイト緑です。
0129 1日本の皆さんは「ロボ・コール」という言葉をご存知でしょうか?
最近は、携帯電話にも固定電話にもCaller ID機能がありますから、誰が電話をかけてきているのかが分かる様になっています。ですから、知らない人からの電話には出ない、と決めている方も多いと思います。ところが、このロボ・コールというのは、貴方が知っている人の電話番号そっくりのように見せかけてコンピューターがかけてくる電話で、Caller IDではなかなか見分けが付かないようです。これに引っ掛って電話に出てしまうと、様々な詐欺の手口が貴方を待っているという仕組みです。

0129 2この巧妙な「迷惑電話」を防止する為に、「ロボ・キラー」という方法が考案されて、月々500円未満で利用出来るそうです。これに登録すると、ロボ・コールからの電話は阻害されて、電話がかからないようにする仕組みになっているそうです。

日本の「オレオレ詐欺」も手を変え品を変えて、様々な手口で貴方のところに電話をかけて来ますが、アメリカでもこのロボ・コールに頭を悩ませている人が大勢いるようです。
電話は便利な文明の利器ですが、それに伴う様々な問題も増えてきますね。


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2019年01月26日

ビュッケブルグ歳時記 195

素晴らしい若い人達 2                                  

 第2の例はスゴイ(!)意見だと思いますので全文を読んでいただきます。

”「代議士」に民意を背負わせよう” アルバイトの麦太君21歳の意見です。
「世論とは流され易いものだし多数意見が常に正しいとは限らない。そんな民意の不完全さを少しでも補うため、民主主義は熟議を前提としている。だから,出来る限り多くの人が意見を述べ、出来る限り多くの人の合意を得るのが基本だ。結論より、議論の過程を重視する。それが民主主義だ。
 しかし、わたしたちが選挙で代表を選ぶ時、その基準はどうなっているのだろうか。「決断」や「実行」という単語に、ついついひかれてしまいがちだ。閉塞した社会状況を「この政治家なら変えてくれるのではないか」と考えてしまう。その結果、当然ながら、強行採決や憲法を無視した政治が行われる。今の日本は、政治の暴走を止めるのも、スキャンダル頼みという、何から何まで人任せな民主主義になってしまった。
 議員を「政治家」と呼ばずに「代議士」と呼ぼう。彼らに社会を変える力などないし,持たせてはならないと思う。わたしたちが議論を尽くして、自分たちの代表を選び、彼らにしっかりとわたしたちの意見を背負わせるのだ。面倒臭いし、意見を言うのは勇気が要るけれど,一人一人が変わらない限り、決して社会は変わらない。」

 後先が間違っているかもしれませんが、このような考えを持ち、それを公にする若い人が居ることを知るととても嬉しくなります。日本の未来が光に包まれているような気がするのです。

 麦太君は彼の考える民主主義の在り方とそれへの国民の心構えを書いています。
 そこから思い浮かぶのが12月にあったフランスでの暴力デモのことです。隣国フランスのことを良く知らないわたしが云々するのは良くないと思うのですが、象徴とする黄色のチョッキを着て、税金と生活費に余裕を求める成人によるデモ群とともに、多くの生徒、学生ではなく高校生までの生徒がデモに参加したことが報道されたことが印象深かったのです。(ドイツでは生徒のデモ参加は未だに聞いたことがありません)因みに彼らは政府が発表した教育改革(学校教育は3歳から始める。一クラスは12人とするなど)の現実化を要求することが目的だったようです。そして彼らに対する警官の態度を非難する声が大きかったこともニュースになりました。

 これ等のことは余談で、記憶に残ったのはフランスでは政治的な自由が市民の、この場合は未成年の生徒にさえ近い所にあるということだったのです。
 昨年12月のパリでのデモは建物や道路の破壊が大きく、暴力デモとなり、決して良い行動とは云えないと思いますが、市民が政権に、直に、今自分たちの欲していることを示し、政府の再考を望むということは民主政治の真義ではないでしょうか。 

 麦太君はきちんとした意見を持っていて、それを言う勇気を持っています。そして彼の言うことを聞くと、彼の云う「人任せになってしまった民主主義」が、”話すこと教育!”が進むことによって熟議が可能になる議会となり、そこから市民と政治が近くなる将来社会が来ると信じられるように思えるのです。
 最近、選挙年齢が下げられたことなどを読むと、規制は緩和されているのに、肝心の政治を公的に話さない慣例は依然として続いているように思えるのです。
ある機会に「日本は自分たちで鎖国しているような気がする」という意見を聞いたのですが、政治話はしないという習慣は、この意見の表れのような気もします。
 自分の国の政治は何処ででも、誰でもが、公開して話せるものであるベきだと思います。そのためにも麦太君の意見を一人でも多くの人に読んでいただきたいと思うのです。


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2019年01月24日

ブログ19-4

共創の時代

昨年103歳でなくなった電子工学の父、シャープ元副社長佐々木正さんの言葉より、

「いくつになっても、まだまだやりたいことがあるはずだ。体力、思考力などの衰えに屈しなくていい。共創でいくらでもカバーできる。心の持ちよう一つで、生涯現役でいられる。」


aokijuku at 00:30|この記事のみを表示コメント(0)
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