2010年03月04日

【青木塾便り】No.38 「山元雄二郎博士」その15

「プレゼンテイション日米の違い」
日本のVC(ベンチャーキャピタル)がその技術にほれ込んで競って数億円出資した会社の若きE社長〈当時32歳)を山元博士宅にご案内しました。
Eさんは第二の柱として当時注目されたFAXの小型化を考えていました。完成したプロトタイプをもって当時勢いのあったK社にプレゼンしましたが残念ながら断られた話を山元博士にしました。
そこからが不思議でしたが博士はEさんがどのようにプレゼンしたかまるで博士がK社のプレゼンに同席したがごとく話を始めました。8人ぐらいいたプレゼンの席でEさんは持参したプロトタイプをいかに優れているか説明しました。一番端にいた技術担当役員の質問にも完璧に答えましたが結果は採用されませんでした。EさんはK社の役員の理解の無さに憤慨していました。
博士はやおらUCLAの工学部にもプレゼンの講義があって、今のケースがよくあることだと言われました。キーは一番端にいる技術者で彼の質問に完璧に答えたことが失敗と言われEさんキョウトンとしておりました。つまり小型FAXは完璧であってもプレゼンの席では80%出来ていて、残り20%K社の助けを借りて完成品にしたいと言えば技術担当役員はその20%を検討してみようとなる。採用されるかどうかは分からないが少なくともその場で断られることは無い。いかに彼の顔を立てることが大切であるかと言うアドバイスでした。日本の工学部でそのような講義があるのか知りませんがEさんが知らなかったところを見ると多分ないでしょう。
だいぶ前に日本人でイギリスの音楽大学でピアノを選考した方がいかに放送局に可愛がられるかの講義があったと聞きました。ピアノだけで食っていくのは大変だからスポンサーになる、または紹介してくれる可能性のある放送局との付き合い方を勉強するとは、日本に無い発想ですね。
最後に天才と言われたEさんはまもなく亡くなってしまいました。彼は納期が迫った仕事を徹夜で完成させて、翌朝そのまま予定していた社員旅行に行き大浴場の温泉にザンブと飛び込んだらそのまま心臓麻痺で帰らぬ人になりました。VC全社生命保険をかけておかなかったことを後悔したそうです。アメリカにはNIHと言う言葉があります。NOT INVENTED HERE の略で自分のところで開発されたのではないなる意味で売り込む時に相手側の立場を理解しなければならない言葉です。
…続く

kiyoshi_kawabe at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年03月03日

私の好きなアーティスト 4   田嶋 宏行

抽象で幽玄からポツプ、を描いた画家であり、版画家であつた人

田嶋宏行 遠い記憶G 田嶋宏行は版画家として日本より海外によく知られた人であった。特にアメリカのおおきな美術館には彼の作品が所蔵されている。最初のころは画家を志して油彩を描いていたが途中で版画に転向し、それも木版であった。
 日本には古くから浮世絵版画という伝統がありこの浮世絵はヨーロツパの画家たちを魅了したことにより世界的な価値を持つようになった。それらの伝統
を踏まえて大正期から新版画と言うジャンルの版画が人気を呼んだがこれは画家、彫師、刷師と3者の分業によるものであったが、のちに創作版画といわれる分野がうまれた。これは画家自身が描き,彫り、刷る、という工程を全て1人りがこなすというものであった。一般的によく知られているのは恩地孝四郎である。田嶋宏行の版画は彼が全工程をこなす創作版画といわれるものである。

海外からのオファー田嶋宏行 赤いぽるた
 田嶋宏行の版画は誰にも真似のできない複雑な技法を彼自身が開発し作品からはどのようにして制作したのか解明できないものであり作品は独自な美しさ
で日本よりも海外の版画ファンを魅了し続けた。

 田嶋さんは1997年に逝去されアトリエにボナ、テイレ「bona tirer」作品が多く残されたため、それらは夫人の意思によって海外ではイギリスの大英博物館などに寄贈された。ここ何年かアメリカと東京を往復することの多い私が、インデアナポリスの美術館を訪問した折に美術館のキュレターの人たちの何人かが田嶋さんの作品をよく知っていて、私を介して話が進み、何点かの作品がまとまってインデアナポリスの美術館に寄贈されることになっておおいに喜ばれた。

ダンデイで飄々とした人
 私は残念ながら生前の田嶋さんとお会いしていないが、作品をみて想像するかぎり、とてもダンディでフェミニストで飄々としておられたにちがいない、そしてヒューマンな魂を持った人であったろうと思う。
 身近のどのような片隅からも純粋な作家の眼が美を発見し、作品にしてしまう。私のところで回顧 田嶋宏行−木版画の油彩小品展をした事がある。その作品はいまも新鮮で瑞々しく、カラリとして見る者をニヤリ、とさせるものであった。田嶋宏行展示風景2005年

        (写真提供)須坂版画美術館
 


aokijuku at 15:46|この記事のみを表示コメント(1)

2010年03月02日

【これ なあ〜に?】その3

Antena
アメリカのウィンドゲイト緑です。
今回の「これ なあ〜に?」で取り上げるのは、これです。
どうぞ 写真を見てください。
何に見えますか? カリフォルニアなどでよく見かけるやしの木、パーム・ツリーですね。しかし、これは本物のパーム・ツリーではなく、携帯電話のアンテナをカモフラージュしているもので、実はコンクリートで出来た電柱とアンテナです。
携帯電話が便利になり、どこに行っても携帯電話が繋がらないということは殆どなくなりました。しかし、それはあちこちにアンテナがあるお蔭です。でも、コンクリートの電柱に機械が付いたものがそびえ立っていては外観を損ねます。そこで考案されたのがこのやしの木のカモフラージュです。

幸いにもラスベガスには、ホテルやアパートの庭、また個人の自宅にもパーム・ツリーが植えられているので、景観にぴったりとマッチしています。勿論 これと同じことを日本でやったら、九州や沖縄ならまだ良いでしょうが、東京など首都圏では場違いになってしまうかもしれません。日本なら松などの木に代えれば日本の景観にぴったりするでしょうか。

文明の利器は便利で良いのですが、周囲との調和、景観を損ねないように考えることも大切ですね。


midori_windgate at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年03月01日

【明日の世界】その9

「アウトレットモール」
服やバックの売れ残りを格安に売る「アウトレットモール」がデフレで人気を集めているようで、今年の初売りは前年より3割多い来店客が来たところもあったようです。市場規模全体では平成19年度4,000億円が20年5,000億円を突破、施設数は35箇所で10年前の2倍強になったそうです。
 平成12年に御殿場プレミアム・アウトレットがオープンしましたが、開店1ヶ月の御殿場に市場見学会のバスツアーで行ってきました。そのときの店長さんのお話をご紹介させてください。
準備万端さあいらっしゃいと開店となりましたがまったく予想してないことが起こりました。食事する場所が少なかったことでしょうか、品物が売り切れてしまったことでしょうか、いやそうではありません。予想以上の来店客のためにトイレがパンクしてしまいました。室内に十分のトイレを準備したつもりでしたが予想をはるかに超えてしまいましたので急遽駐車場に簡易トイレを増設しました。次々増設しても追いつかず、開店数週間はトイレの問題のみに追い回されたとのことです。何事もやってみないと分からないスモールスタートの大切さがここにも言えますか。


kiyoshi_kawabe at 02:22|この記事のみを表示コメント(0)

2010年02月28日

留学生がやってきた その1

高校1年生の娘が、ある日突然「オーストラリアに短期ホームステイがしたい!」と言い出しました。
交換留学生制度なので、まずはオーストラリアの高校生を2週間受入れなければなりません。親戚でさえ我が家に宿泊することがほとんど無い家庭なのに、ましてや外国人のお客様などまさしく寝耳に水の話でした。英語が全く苦手の家内は、膨大な片付け作業を思い巡らし当初は反対でしたが、もともと控えめな娘が熱望しているため、取り敢えず申し込みをして、たぶん抽選に外れるだろうと思っていました。
ところが、6名の応募定員に対し申し込みは3名。あっさり、決まってしまいました。考えてみれば、娘の学校は帰国子女が多く今さら留学など必要も無いようです。逆に、留学生を受入れるだけ(こちらからは留学しない)の家庭を探すのは苦労のない事のようです。
寝るところは、子供のベッドの横の床やリビングのソファーでも良いようなガイドもありましたがそうはいきません。今まで手付かずだった父の部屋を大掃除して、部屋は確保したものの2週間のうちに休日が4日あります。地元のショッピングセンターや図書館でも良いとガイドには書いてありましたが、次には娘がお世話になることを考えると無碍にはできません。(今回は、受入れた高校生のお宅に娘がお世話になることになりましたが、必ずしもそうなるとも限らないそうです。)・・・続く


aokijuku at 00:05|この記事のみを表示コメント(0)
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