2010年02月18日

【青木塾便り】No.36「山元雄二郎博士」その13

「ご冗談でしょう、ファイマンさん」
1965年に朝永振一郎博士とともにノーベル物理学賞を受賞したカルテック教授のファイマン博士についてお話させてください。岩波現代文庫から「ご冗談でしょう、ファイマンさん」が出版されていますが21版としっかりとファンを掴んでいます。
1988年没とありますので、小生がカルテックの教授専用のカフェテリアで隣の席に偶然見かけてから20年以上たっていることが分かりました。当時ふくろうの聴覚を研究していた日本人のA教授に呼ばれて、お話をきいているうちにランチタイムになったので上記カフェテリアでランチをご馳走になった時、A教授がこっそり耳打ちして、河辺さん隣にいる方が有名なファイマン博士ですよと教えてくれました。
名前ぐらいは知っていましたが、著書を読んだこともないので、日本から上記本を取り寄せて読み始めました彼が金庫破りの名人だと言うことが分かりました。趣味として重要書類〈原子爆弾の書類等)が入っている金庫のナンバーを数分で解読すると言う技です。
ちょっと上記本の一節をご紹介します
「僕に金庫破りの術を教えてくれたのはレオ・ラバテリと言う男だ。実のところありふれたエール錠のようなタンブラー(翻転式)錠を開けるのはごく簡単なのだ。まず鍵穴にねじ回しを差し込んで(穴がよく開くようにねじまわしを横から押す必要がある)回してみる…とあります。
実はこれからが本当にあったお話です。
家族を日本に返したので会社の近くのマンションに移り住んで独身生活をエンジョイ?していました。週末はゴルフをするのが一般的パターンです。
ある日ゴルフの帰り疲れてマンションに帰って、ベットの上で日本から取り寄せた「ご冗談でしょう、ファイマンさん」を読み始めましたがすぐうとうとと寝てしまいました。ちょうど金庫破りのページを読んでいたところです。そのうちことことと言う音に目が覚めてなんの音だろうとじっと耳を研ぎ澄ませました。どうやら部屋に入る時ドアをしっかり閉めないで入ったのでこそ泥が入って別室を物色していることが分かってきました。財布は枕元においてありましたが、さあどうするか、泥棒!と大声を出して部屋に乗り込むのか、もし大男で逆にやられてしまったら大変なことになるさあどうしよう。あの数分は決断の躊躇に恐ろしくなりました。結局枕元でかけていたラジオの声を少し大きくしてここに人がいるぞと知らせたつもりになりそのままじっとしていました。
そのうちドアの閉まる音がしました。廊下を追いかける勇気もありませんでした。被害は小銭箱約20ドルだけでしたが、あの数分は今でも思い出すとぞっとします。まったく偶然にファイマンさんの金庫破りのページを読んでいただけに懐かしい出来事でした。次回は人間・動物の予知能力についてお話します。…続く

kiyoshi_kawabe at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年02月17日

アートアドバイザーの仕事 1

私がたずさわってきました美術の仕事など今日までにいたる経過などを簡単に書かせていただきます。当画廊は1970年代に京橋にてスタートいたしました。

初めての展覧会は「 熊谷守一 書展 」でした。熊谷さんは画家ですが彼の文字は稚拙なようでいて何者にもとらわれない無邪気で恬淡とした品格のある書でした。
 有名な文学者である福永 武彦氏が熊谷さんの作品集に讃をよせておられましたのでまだ未熟で恐れを知らない私は福永氏に電話して文章の一部を私の画廊でする展覧会の案内状の文章に使わせてほしいとお願いしたものでした。

西洋版画との出会い

1980年代半ばから海外に出かけ西洋版画を扱うようになりました。日本では版画はマイナーなものであり複数芸術であるため本当の素晴らしさが評価されるまでにはまだ時期的にも早く未熟だったように思えますが純粋なしかも熱信なコレクターたちに支えられ、また、公立美術館にも納入する機会が多々ありました。
 技法が多様な絵画のなかで私は主に版画を専門といたしましたのは一流の作品がまだ私でも入手できたからです。ゴヤ、レンブラント、ションガウワー、カロなど古典版画から近代のムンク、ピカソ、ロートレツク、クレーなど枚挙に暇がありませんが歴史をひもとく感じで作品を購入し展覧会を企画したりいたしました。予算の許す範囲で小冊子もつくりました。

ドイツ表現派たちの作品に魅かれて

頽廃芸術家としてヒトラーから弾圧をうけた女流画家、ケーテ、コルビツツや彼女と同時代に生きた彫刻家エルンスト、バルラハなどに私自身が強い共感を覚え版画や素描の展覧会を度々開催いたしました。

 沖縄 佐喜真美術館
 長野県 上野誠 版画舘「ひと、ムージアム」
 山梨県 フィリア、美術館
 福岡県 福岡市立美術館

上記の美術館などでこれらの作家の作品をまとめてみることができます


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2010年02月16日

【From America】「シティー・センター」

アメリカのウインドゲイト緑です。
ラスベガスで今一番新しい観光スポットと言えば、なんといってもシティー・センターでしょう。MGMミラージュとドバイ・ワールドが共同で計画し、昨年12月にオープンしました。

ラスベガスのストリップにあるベラージオとモンテカルロの間に位置する大きな土地に、6種類の建物から成り立つ巨大なシティー・センターがあります。その6つとは、Aria リゾート & カジノ、Vdara、The Harmon Hotel & Spa、Mandarin Oriental、Veer Towers、The Crystalsです。シティー・センターは今までのカジノ・ホテルとは違い、コンドミニアムを含んでいます。12月にオープンしたと言っても、まだ建築中の部分もあり、高級コンドミニアムも売り出し中。世界の経済がこんな状態では、果たして高級コンドミニアムが完売になるのかどうか???

Tram01今回私が行って来たのは、高級店の並ぶショッピング・センターのクリスタルズとカジノ・ホテルのアリアです。既存のカジノ・ホテルのベラージオとモンテカルロの間をモノレールが結んでいましたが、その中間に駅が作られましたので、ショッピング・センターのクリスタルズ駅で降りるのが一番交通の便が良いでしょう。

私個人のシティー・センターの印象は、モダン・アート・ミュージアムみたいな場所という感じがしました。今までのラスベガスのカジノ・ホテルはそれぞれテーマがあり、その建物に入った途端にイタリアやエジプトにタイム・スリップしたような錯覚に陥るほど模倣が上手でした。今度はモダン・アートの世界です。クリスタルズとアリアの間には、ヘンリー・ムーアの彫刻(箱根の彫刻の森を思い出します)が飾られています。アリアのエントランスには、大きな滝を思わせる巨大壁面の噴水があり、ガラス張りのエントランス部分から中に入ると銀色のアートがきらきら。モダン・アート:ミュージアムの雰囲気です。

聞くところによれば、カジノ・ホテル「アリア」に一回宿泊するとコンピューターがお客様の好みの室内温度やらウェークアップ・コールの時間、好みの音楽など全てを記憶してしまい、次回泊まるときには同じ設定で迎えてくれるというVIP扱いを全室でしてくれるそうです。リピーター客には嬉しいサービスですね。

Elvis01アリア」の中で一番私の興味を引いたのが2月半ばから正式オープンする「ビバ・ラスベガス」というショーです。「キング」のニックネームを持つエルビス・プレスリーをテーマにシルク・ド・ソレイユが織り成すショーは大勢の人の注目を集めています。アリアの二階にあるシアターの前には、プレスリーの銅像があり、ショップの中にはプレスリーのCDやDVDをはじめ、Tシャツからギターなどたくさんのおみやげ物を売っています。

Elvis02アメリカ人はプレスリー大好き。いいえ、きっと世界中にプレスリー大好きという人がたくさんいると思います。どんなショーになるのか今から楽しみですね。

midori_windgate at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年02月15日

【明日の世界】その7

モンゴル」その2
モンゴル国:面積は日本の4倍で人口は300万人、広島県と同じとのことです。首都ウランバートルに100万人。日本の相撲中継が始まると全国で仕事しながら見ているそうです。半ば見ることを公認?しているようです。

目を閉じて横綱朝青龍、白鳳の声を聞いているまったく日本人と変りません。モンゴルの最近のアンケートで最も親しみを感じる国は日本とのことです。

さてウルジさんが何故日本に関心を持ったかについて彼女はこう言いました。終戦後日本人の捕虜がウルジさんのお父さんが住んでいた町にも来たそうです。その捕虜収容所の生活振りが実にまじめで、住民にも好印象を与えたことをお父さんからよく聞いたそうで、間違いなくそのことが日本をもっと知りたいと潜在意識にありました。
モンゴルとの紛争のきっかけはノモンハン事件とのことですがお恥ずかしいことにどんな事件が知りませんでした。司馬遼太郎のモンゴル紀行から一部ご紹介させてください。
「1939年関東軍が満州と外豪(モンゴル人民共和国)の国境近くのノモンハンにおいて積極的に国境紛争をおこした。事件の発端はモンゴルの騎兵数騎がハルハ川まで馬に水を飲ませに来たことから起こった。この付近の国境線は不明確で日本側はその付近は満州領であるとし、モンゴル側はそれを自領としていた。その数騎を満州国軍の警備騎兵が実力で追い払ったのに対してモンゴル側は翌日60騎で問題の地点へやってきた。押し返すためにやってきたのではなくて、モンゴル側にいわせると、「あそこで馬に水を飲ませるのは、何千年来われわれが続けてきた」と言うことであったらしい。それを日本側が挑発とみた…

モンゴルの満点の星空を見ると心が癒されるそうです。日本からのツアーが増えそうですね。
ウルジさんの益々のご活躍を期待しております…続く

kiyoshi_kawabe at 00:00|この記事のみを表示コメント(0)

2010年02月14日

【青木塾に学ぶ】 3

おかげさまで、2月10日の青木塾も盛況でした。
今回も始まりのカンパイの音頭を山田社長にお願いしましたが、いつもカンパイの音頭の前に必ずお話を一つ披露していただけます。今回は最近読まれた本の紹介でした。「かもの法則」という本でしたが、その日の夜にすぐネットで購入して、翌日届いて一気に読んでしまいました。昨年話題になった、「シークレット」という本も読んだことがありますが、内容的にはほぼ同じポジティブな心構えを啓蒙する内容ですが恐らく翻訳でない分この「かもの法則」はとても分かりやすく、また一つ元気をもらった気分です。
山田社長にはお忙しい中、月に一度はお時間をいただきいろいろなお話を伺いますが、必ず最近ご自身が経験して良かったことを教えてくださいます。それら全てご自身で体験されて良かった事ですので、こんなにありがたいことはありません。私は山田社長から教えていただいた本などは必ず読むようにしています。
お会いすれば何か自分の為になることが伺える・・・。毎回お会いするのがとても楽しみな先生です。山田社長に感謝・・・。
山田社長もご自身のブログを持たれています。青木塾ウエブサイトから、「ミニメイド・サービス蝓廚悒螢鵐していただき、さらにリンクサイトから「ミニメイド社長の企業ブログ」でご覧いただけます。


aokijuku at 00:05|この記事のみを表示コメント(0)
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