2020年06月23日

【From America】「ストロベリームーン」

アメリカのウインドゲイト緑です。

皆さんは、ストロベリームーンという言葉を聞いたことがありますか?
6月6日は2020年のストロベリームーンでした。
日本でもスーパームーンなど満月を眺める情報が広められ、月に対する興味が広がっているように思います。アメリカ圏では、6月の満月をこう呼ぶのだそうです。

イチゴストロベリームーンという名前を聞くと、満月が赤いのかしら? と思いますが これは月の色とは別のもので、アメリカでは路地物のイチゴを収穫する時期ですよ、という意味で付けられた6月の満月の名前だそうです。アメリカインデイアン達は、カレンダーも無い時期にそれぞれの満月に名前をつけて、収穫の時期を知らせたようです。
日本では、ハウスもののイチゴが多いですからクリスマス頃からイチゴが出回り、本来の収穫の時期を忘れてしまいそうですが、アメリカではこの時期が「イチゴが旬を迎えましたよ」という意味のようです。
しかし、どうやらそれだけでもなくて、月が赤みを帯びて見える、それは夏至の月は一年の内で一番地平線に近い軌道を通るので、夕日が赤く見えるようにこの時期の月は赤く見えるという説もあるようです。
いずれにせよ、なんだか素敵な名前の満月ですね。

日本では、月の影を見てウサギがいる、言いますが、アメリカでは月の影は人の顔に見えるそうです。地球の反対側から見る月の影は、人も目にも違って見えるのかもしれませんね。月の世界はなんとも神秘的です。



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2020年06月16日

【From America】「成田からNYのJFK空港へ」

アメリカのウインドゲイト緑です。
新型コロナウイルスのお陰で日本に滞在していましたが、やっとアメリカに戻りました。今回は、私のアメリカ帰国の道中のご報告です。

成田02ご存知のように、日本には多くの国からの入国制限があり、新型コロナウイルスの感染を心配して移動を控える人が増えて、国内線も国際線も欠航が続いています。私の住んでいるラスベガスは日本からの直行便がないのですが、旅行会社の情報によれば、国際線が飛んでも乗り継ぎ便は急にキャンセルになって、そこで立ち往生する人が多いので、直行便をお勧めします、と言われました。安全を考えて、以前、住んでいたコネチカット州の友人宅に身を寄せることにして、NYへの直行便に乗ることにしました。

成田01正直なところ、やはり飛行機に乗るのは怖いです。マスク、眼がね、手袋、考えられる装備をして、いざ出発。空港へのリムジンバスはガラガラでしたが、幸いにも窓が開けられるので、換気に気をつけて、成田空港へ。
成田空港はガラガラ。地上職員の方々は皆マスクをつけ、フェイスシールドもして、安心感を与えてくれます。空港の待合室もガラガラ。飛行機の中もガラガラ。全日空の機内は新しい機材で綺麗で実に清潔でした。日本的な細やかな安全管理は素晴らしく、感染の可能性も不安は全くありませんでした。快適なフライトも終わりに近づきますと、機内放送で「過去14日間に中国の一部、英国、アイルランド、イランに行ったり、滞在したりした方は書類の記入が必要です」とのことです。それ以外の人は何も書類が必要ない、と言われてほっとしました。それでも、空港の検疫で、サーモグラフイーなどで体温検査があるかと思いましたが、何もありませんでした。いとも簡単で、入国審査も顔写真だけで指紋もとりませんでした。指紋の照合をするガラスの機械に手を置くのは、嫌だと思っていましたので幸いでした。こんなに簡単で良いのかしら? という思いもありました。日本と比べて、水際対策もお国柄が出ているようです。

アメリカはビジネスが再開になって以来、感染者の数が増えている場所もあり、第二波の懸念が広がっています。私はひとまず14日間の自宅待機ですが、しばらくはアメリカ東海岸からのレポートをさせていただきます。
今後ともFrom Americaをよろしくお願い致します。



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2020年06月13日

ビュッケブルグ歳時記 228

Pfingsten(フィングステン)(聖霊降臨祭)


 今回の題名には首をかしげる方達が多いと思いますが、この国では今年は5月の最後の日、31日と6月1日が聖霊降臨祭日として、全国が2日間の連休になる祭日だったのです。この祭日は、本来はクリスマス、イースターに続く3つ目のキリスト教の大きな祝い日なのですが、前者2つの祝日のように世界中に行き渡っていないので知られることが少ないと思われますが、キリスト教の歴史を知るには興味深いと思いますので、お知らせしてみます。


  Pfingsten の意味は「50日後」で、これはギリシャ語のペンタコステからきているもので、イースターの50日後に祝われる祭りなのです。
 祝う対象は何かとの問いに、平たく答えると、復活の後、救世主は昇天してしまったが、救世主の教えを人間たちに伝達するために、彼の教えが聖霊となって、エルサレムに集まったキリストの弟子たちの上に降りてきたということを祝う日であるということです。
 キリスト教という教えを人間界に広めるという使命を持つため、この聖霊たちは外国語に長けていて、その力は弟子たちに受け継がれ、全世界に教えを伝授することができたということです。これが、伝道とか宣教の始まりで、教会というものの基盤ともなったということです。


 フィングステンがクリスマスやイースターのように皆が知っている祭日ではないということは、この国でも同じで、宗教的な意味と同じくらい世俗的な意味で祝われるというのが現状でもあります。理由としては 長い薄暗い秋と冬が終わって、樹々の緑が太陽に輝く時にある聖霊降臨祭は、往々にして春祭りと同様に取り扱われることが多いことが原因だと思われます。
 ですから5月の1日に村の広場に建てられる、高い柱 ”5月木” が、樹木を先頭に
花などの自然植物の順調な成長を祈願するお祭りであると同じように
Pfingstbaum”フィングスト木”と呼ばれる植物移植が行われたりするのです。そして近くの林や森から切り取ってきた、若い白樺の枝で、街の家々の扉が飾られたりする地方もあようです。そして村の子供たちが道端で若い樹木の苗を売ったりする情景も見られるということです。


 また、この祭日が、冬の間、納屋に閉じ込められていた牛たちが、この日に山の草地に放牧され、夏と秋を自由に山の草を喰む季節の最初の日でもあるそうです。ある地方ではボスの牡牛をきらびやかに飾り、この牛を先頭に牛の群れが町中を練り歩くなどの習慣もあるようです。昔はこのボス牛がお祭り後に生贄として屠殺されていたようですが、今はこのようなことはないと思います。
 

 このように6月はドイツに太陽がいっぱいの季節で、市民の興味は礼拝よりも自然への遠足や、スポーツ行事に向くのですが、2020年はコロナ騒動で残念ながら諦めることになっています。
 そしてある地方では54人のコロナ感染者が出て、これは特殊な教派の礼拝で感染されたというニュースがありました。このニュースを聞くと、自然の中に出ようとする市民の意志が通って、世俗的に祝われるキリスト教の第3番目の祝日を健康には良いように使うことが賢いのかとも思われる今年です。


  シャクヤクの花は Pfingstrose フィングスト薔薇と呼ばれ、今この地では白から濃いピンクまで大きく華やかに開花して目を楽しませてくれています。

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2020年06月11日

ブログ20-20

このところ、日経私の履歴書がおもしろいですね。

女優の岸恵子、6月が囲碁の小林光一と続き家内まで真っ先によむようです。

丁度1ねん前の橋田壽賀子の私の履歴書から撮影に入る前、番組スタッフが山形県の偉いひとに協力をお願いにいった。しかし、山形はそれでなくても日本のチベットのように言われている。

そんな貧乏物語に力はかせない、とおいかえされてきた。

撮影は1983年まあいろいろなひとがいるものですね。



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2020年05月23日

ビュッケブルグ歳時記 227

若い人たちとコロナ

 5月の第一週目は、政府が行ったコロナ制限制度緩和に対して不満をぶちまけるデモが数々の大都市で行われ、その様子がニュースの初頭に立っていたのですが、先週は年齢を少し下に置く若者とコロナ騒動との関係を調査した結果が新聞記事になっていましたのでお知らせしてみます。

 「コロナが氾濫する現在、我が国の15歳以上の若者が感じているのは自分たちは無視されている」というものと、もう一つは「わたしは今までに、今感じている失神したような、人事不肖な気持ちになったことは一度もない」という表題です。
 これは学校閉鎖とか、コミュニケーション禁止とか、それぞれの未来への不安などからくる孤独感から出てくるものであることが一人の社会環境研究家の調査で分かったとあります。たったの2週間のオンラインでの質問に、パンデミー時期に経験する孤立感や孤独感を長い文章で訴える15歳から30歳までの若者の多いことに、出題者が驚いたということです。これは同時に、いかに政治が若者層を片隅に押しやったということを示すことでもあるということです。
 また、今までの社会では”若者” を生徒、高等学校卒業生、受験者などという、ある種の枠にはめ込んで取り扱うだけで、周囲社会が彼らが持つ意見や要望に耳を傾けようともしないことへの不満でもあるとあります。

 70%の若者は、それぞれが家庭で世話をしてくれる家族がいるということなのですが、これを良い兆候だと思うのは偏った考えで、13%は自分の話を聞いてくれて、それについて一緒に考え、協議するという話し合い相手はいないということの方が大きな問題であるということとあります。 

 またこの調査から「学校」というものが欲求不満とか挫折感を作り出すことは皆が思っていることであって、学校というものが生徒に与える圧迫感は今昔変わりないことであるが、ここで問題になるのは「教師の、今=現在の世情に沿った生徒への認識が欠けていることである」多くの生徒はデジタル授業をどうこなすかもわからず、毎日を価値あるものにする方法もわからずにいるのに、これらの問題を生徒と協議する教師が居ないのが問題なのであると調査官は言っています。現在では、考慮する教師が居た場合でも、その効果は統計が示す、0から10のスカラで4.9という中間点だということも考えるべき事項だと警告しています。

 今回の学校閉鎖も、若い人たちにとっては学校という、ある意味では生徒にとって最も重要な居場所で、友達のいるところ、コミュニケーションと意見の交換のある場所という学校を閉鎖された生徒たちの困惑は、精神社会障害となる可能性があるほど大きな問題であり、生徒たちにとってこれが未来への不安とつながる可能性が大きいと思われる。学校閉鎖は生徒たちから将来の見通しを奪い、卒業後のこと、見習い仕事のこと、大学教育のこと、就職のこと、海外実習や研修などの実体が空中に見えるだけで、実際の形にならないのがコロナ騒動がもたらした残骸だと思われる。またこれは最近の政党の対若者政策が疎かになっていたという証拠であるような気がする。

 これらの形をはっきりさせ、若者に希望を持ってそれぞれの対象に挑戦させるには政治の力が大切で、この機会に若者とのコンタクトを積極的に進め、彼らの意見を真面目に聴く努力をすることが必要だと思われる。若者と同席して意見の交換をするのは大人にとって居心地が悪いことも多いかもしれないが、不可欠なことである。若者はアイディアに富んでいる、そのアイでイアを引き出し、役立てる役目は大人の役である。

 今年、小学校から大学まで、全ての教育機関を終了して次に進む若い人たちの未来には相当なハンデキャップがあると思われます。彼らへの心からの応援を含むブログです!


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