2021年05月11日

【From America】「人手不足のレストラン」

アメリカのウインドゲイト緑です。

日本ではやっとワクチン接種が始まったのに対して、アメリカは一足先にワクチン接種が行き渡りつつあるので、CDCではコロナ対策のガイドラインを緩めてきています。アメリカは合衆国ですから、国全体のガイドラインがどうであれ、それぞれの州の知事がルールを決め、住民たちはそれに従うという形をとるので、アメリカ全体として、という方針ではありません。これは日本と大きく違うところで、州をまたいで移動する者にとってはアメリカに住んでいても少々戸惑うところです。

今 私がいるのはネバダ州ラスベガスで、こちらは5月1日より様々なルールが緩和されました。
レストラン例えば、レストランでは6人以上は一緒に会食してはいけない、というルールが取り外されました。また、ソーシャルデイスタンスの6フィートが3フィートになり、今まで床にステッカーを貼って6フイートを表示していたものをはがす作業をしています。再び3フィートのステッカーを床に貼るのかまだに見ていませんが、こんな小さなことでも気持ちが少し楽になりますね。マスクの義務化もかなり緩和されるようですが、それでも、「私はマスクを使用し続ける」と言っている人が多く、こちらはあくまでもガイドライン。個人の判断にゆだねるところです。

しかし、こんな風にルールが緩和されても、アメリカ東海岸地方のレストランは人手不足で以前のように機能しない、と嘆いているのです。仕事をしたい!!と叫んでいた飲食業の人たちは、実はコロナ禍で職を失い、仕方なく転職してしまった人も多く、また政府がくれる補助金の方が働くより良い、と思って、職が再開されても戻らない人が多くいるそうです。なんと皮肉なことでしょう。調理場に料理人がいなければレストランは機能しません。オーナーの嘆きが聞こえてきます。

日本は今でも制限が厳しい状態のようですが、いずれ経済が再開された時には、アメリカと同じようなことが起こるのでしょうか?


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2021年05月08日

ビュッケブルグ歳時記 248

議論の的になっている「区別される生活」

 接種済みが国民の8%を超えるようになったこの国では、感染者の数も減ってLock-down も緩和されているのですが、そこで問題になっているのが、「接種した人たちと未接種の人たちの生活に起こりうる「権利差別」に対する論争が盛んになっているのです。

 この意味は、接種を受けて病魔から守られることになった人たちが得ようとしている、パンデミーによって奪われた自由な生活への権利を取り戻そうとする努力 ー 例えば、自分たちには、外出禁止令や人間間の交際制限が緩和され、また買い物及び文化的催しものの訪問も許可されるという個人権利が与えられる(戻る)のが当然と考える既接種者と、まだ接種を受けられないため感染の不安もあって以前のような自由な生活を送れない未接種者たちが持つ、自由な生活は接種を受けられる日まで待たなければならないという不公平な状況や期間へのギャップをどう処理するかが議論のテーマになっているのです。
 健康大臣が接種奨励を行った時には、その結果に、「例外法」ー 既接種者と末接種者の間に起こり得る、基本的権利のなかの、「個人の持つ自由権利(国民の誰もが、人に迷惑をかけない枠の中で個人的に成長する権利)を侵害することになるかもしれない場合についての考慮をわすれた結果だというのが未接種者からの指摘です。 

 既接種者と未接種者の二つの意見は次のとおりです。
 「標準的なことは特権ではない! 接種を終えたということを特権だと勘違いして、禁じられたことを取り戻す用具の様に思うのは大きな間違えである。接種が近辺への危険をもたらさないことがわかって、昔の生活が戻ってきただけの話である。接種者が危険者でなくなった場合には、持っていた今までの自由な生活を続ける生活の権利は直ぐさま返されるべきである。それに今のところ、既接種者の多くは80歳以上の老人、ホームでの看護人、緊急病棟の医師など、コロナ騒動が始まってからの1年以上の期間を、患者と向き合って看病したり、病人のために尽くした貢献人たちだと思えば、彼らに自由な生活権利を与える(返す)ことは難しいことではないのでは・・」
 というのが賛成者の意見です。

 次に反対派の主張を挙げてみます。
 「ここで必要なのは団結する連帯感が必要だ!」というのが未接触者のモットーで、「すでに接種を受けられたということは単なる得点であり、特権と間違えてはいないか。得点と特権は違う意味を持っていることを知らなければならない。特権などという間違った解釈が出てくると往々にして不満になる可能性が強くなる。
 我々に与えられている民主国の基本権は、価値の上で誰にでも同じ権利を与えていて、時と場合によってその意味が違ってくるというものではない。
 こう考えるとパンデミーによる自由な生活にたいする要求には既接種者の再考が必要で、個人の自由が謳われている自由な生活は、全国民が団結して接種完了後に祝うべきではないか」 

 まあ、なんと理屈、議論好きな国かと驚くのですが、一方では議論は民主主義には欠かせない必要なことかとも思わされます。 
 言論(と思考)の自由が行われていると分かるからです。 

 先回のブログでお知らせしたこの国の連邦制は今回の基本法の考え方には良い解決法を出しているようにも思えます。というのは、16の州によってパンデミーの被害が多い州と少ない州があるのですが、その程度によってこのような事件の解決をし始めているのです。感染者の少ない州では既接種者には自由な生活が許されているように思えるのです。

 こう書くと「自由な生活の権利」があやふやになるなあという感じもあるのですが・・・

 ドイツ国は議論好きの国です。


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2021年05月04日

【From America】「車の自動販売機」

 アメリカのウインドゲイト緑です。

皆さんは車を買うとき、特に中古車を買うときには新車と違って自分でデイーラーに行き、良く吟味して購入したいと思うでしょう。洋服や靴も同じことで、試着してみないとサイズが合うか分からないですよね。車ともなれば、自分で運転して感触を確かめたい。これが消費者の気持ちだと思います。そんな消費者の気持ちを理解した上で、大きな買い物をするのだから「一度しかない忘れられない体験」をさせてあげましょうというアメリカのユニークな中古車販売会社「カーバナ」をご紹介しましょう。

カーバナTVでは見ていたものの久しぶりにラスベガスに来てハイウエーを走っていると、カーバナの大型自動車の自動販売機が見えました。ついにラスベガスにも登場したこの巨大な車の自動販売機についてご説明しましょう。中古車を買いたい、と思ったら、まずオンラインで検索。自分の希望を叶えてくれる車が見つかったら、その車を受け取るのに、二つの方法があります。一つは、自宅まで届けてくれる方法です。これは、オンラインで購入した商品が宅配で届くのと大差ないですよね。もう一つは、このカーバナ大型自動販売機の立体駐車場に行く方法です。自動販売機といえば、日本では飲み物が一般的ですね。アメリカではポテトチップスやチョコレート菓子などの自動販売機も人気があり、ガラスケースの中の商品を見て、コインをいれてボタンを押すと、下から商品が出てきます。これと同じようなことを車でやってしまうのです。巨大なガラス張りの立体駐車場に行き、特製のコインを入れます。すると日本の立体駐車場と同じように機械が動き始めて本当に自動販売機と同じように車を取りに行ってくれます。しばらくすると一階の受取場所に、あなたが購入した車が出てくるという仕掛けです。実にドラマチックですね。

日本では駐車スペースが限られているので、立体駐車場という考え方は以前からあったので、これをドラマチックと感じるかどうか? はアメリカ人が感じるのとは今一つ感激度が違うかもしれません。しかし、立体駐車場を見たことのないアメリカ人にとっては、とても斬新なアイデアなのです。
この会社の大型自動車自販機のアイデアは、コロナが流行する前からありましたが、今この時期には、中古車セールスマンと接触しなくて良い方法、ドラマチックな体験として、更に伸びていく販売方法かもしれませんね。


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2021年04月27日

【From America】「ラスベガス」

 アメリカのウインドゲイト緑です。
ラスベガスまだ春の浅いコネチカット州からネバダ州ラスベガスに参りました。コネチカットでは北部で雪が降っていたのに、ラスベガスは初夏の感じで、窓を開けて半袖でいられるとても過ごしやすい快適な気候です。アメリカはとにかく広い!と改めて感じます。

コネチカットからの飛行機で驚いたのは、空港はもう元通りの人出であることです。国内線の飛行機はほぼ満席。空港の通路も人をかき分けて歩くくらいの賑わいでびっくりしました。マスクはしているものの、ソーシャルデイスタンスはどこへ行ったのか? と感じます。 ワクチンが行き渡ってきたこともあってか、人々の気持ちはかなり「緩んでいます」。これを緩んでいると批判する人もいますが、やっと元通りになってきた、と喜ぶ人もいて、意見はそれぞれです。海外からの変異株を恐れる声も聞きますが、今までの自粛生活に辟易してきた人々の気持ちが表れていると思います。

日本では、ワクチンの供給が間に合わない、接種の予定が遅れている、というニュースを耳にしますが、アメリカは、最初のうちはワクチンの数が少なくて接種希望の人が多かったものの、ここに来て、ワクチンは十分に足りているのに、接種したくない、という人が全体の20%を占めていて、何とかこの人たちに接種することを勧めたいということが課題になっています。もちろん 最初から宗教的な理由とかアレルギーで接種できない人は別にして、ヨーロッパでのアストラゼネカの血栓のニュース。更に、米国内のジョンソン&ジョンソンの血栓のニュースを受けて、副反応を警戒して二の足を踏む人が増えてきたことが要因と言えそうです。

世界中から大勢の観光客が集まっていたラスベガスですが、今は50%くらいの人出が戻ってきた、とのニュースで、アメリカは日本より先に元に戻る生活を始めた感じを受けました。
日本では蔓延防止や再び緊急事態宣言などが出るほど生活を制限されているようです。もうあと一息です、と言われても なかなかその後一歩が踏み出せず、イライラしていることでしょう。
日本で一日も早くワクチンが行き渡りますように祈っております。


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2021年04月24日

ビュッケブルグ歳時記 247

Eine, die aus dem Nichts kam ! ( 無から出てきた一女性!)

 接種状況や Lockdown 政策への非常ブレーキ云々に明け暮れる毎日の中で、先週末にこの国の将来を賭した選挙についての二つの重要な決定が発表されました。
 第一は CDU / CSU (キリスト教民主同盟党)の代表者 として A. Laschet (CDU) にするか M. Soeder (CSU) 氏にするかの決定で、結果は現在までNRW州総理大臣であった A. Laschet に決まりました。これで9月の選挙には彼が保守党を率いて未来の首相を目指して選挙戦に挑むわけです。
 第2にはプログ240で触れた、党としての成長を達成したみどりの党が、初めて政治施行に参加の意志を示し、男女二人 (R. Habeck と A. Baerbock 氏)の代表者のどちらを党首とするかを選考していたのですがその結果が発表されたのです。その結果が、今回のブログの標題です。

 40歳の女性です。 

 この決定には考えるべき事柄が多く含まれている様に思えますので少し詳しく内情を書いてみます。

 みどり党は77年に「環境保全」をモットーとしてH.市の地方議会に一席をとったことが発端で、80年に「原子力反対」と「平和宣言」をスローガンにかかげて連邦党と結成し、連邦議会総選挙で1.5%の成績を挙げたということです。
 84年にはS PD ( 社会民主党)と提携を決議し、85年にはヘッセン州議会でFischer 氏が環境大臣となる。90年に党も統合され同盟90/ グリーン党となったというのが党の歴史です。なお、表題はこのFischer 氏の言です。

 この党の党首として今回、大舞台に躍りでたAnnalena Baerbock 氏の履歴と政治に対する考えは次のとうりです。
 1980年にハノーバー市で生まれ、トランポリン跳びで連邦大会に参加した生徒時代の後、政治学と公法学を、ロンドンでは経済学を学んだあと、ジャーナリズムやEUでの知識も習得して、2005年に入党したということです。
 なお彼女は4歳と8歳の子供の母親で、夫の助けがあり、家庭生活と政治活動は両立するということです。

 彼女の政治に対する態度は次の様に言われています。
 戦闘的で、集結的で、意志強固で、目的とすることは決して忘れない。
 彼女の体制、紀律、実行、団結、チームワーク精神などには信用が置けるという評判です。
 そしてみどり党の政治策はまず第一に全日制託児所と学校の改善。第2には介護問題の解決。次は国のデジタル化の促進も忘れてはならないということです。
 そしてこの考えをまとめると彼女の目的は、政治的にMitte (中間)に立つということを意味しているということです。メルケル首相は右から左へ動き、みどりの党はその反対に左から右に動くということです。

 そして「変化に満ちた、豊かな、力のある我々の国に、より良い未来が来ることを信ずる時、それに対する気力に満ちた新しい政治が必要で、それができるのはみどりの党であると確信したことが、今回の私の新進の動機である。 Macht (力、支配権力)とは、それを得るために戦うことではなくて、それとともに働くことを意味し、それができるには”皆と一緒に、話し合って”ということを忘れてはならない」が、彼女の党首決定時挨拶です。

 たった一つの議会席から、44年たった今、未来の首相が生まれるかもしれない党が育ったという政治の動きを知らされると、この国では本当に国民が政治をしているという感じがするのです。”つむじ曲がりのグループ”があっても、これは民主国家の政治と言えるのではないでしょうか。


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